長編小説「Rey」:第四回「輝く炎 燃える絆」

こんなに晴れやかな気持ちなのは何時ぶりだろう?

まるで、天に昇ったかのような気分。わたしは草むらで寝ていたはずなのに・・・。そろそろ、眼を覚ましたほうがいいのかな?

そう思い、ゆっくりと目を開けてみた。いつもより丁寧に、まるでこの瞬間を味わうかのように。すると・・・。

「ひ、人・・・!?」

わたし、捕まってしまったの?そんな衝撃から、思わず口に出してしまった。目を凝らして見てみると、女の子だった。ホッとした。

「気がついた?」

うなずいた。だけど、他の人間と喋るのは初めてなので緊張する。

「あなたは誰ですか?」
「わたしは、陣野 つばさ。16歳よ。そういえば、キミは何処から来たの?」
「わたしは・・・(しばらく黙り込む)」
「もしかして、元々いた所がわからないの?」
「まあ、そういうことになるのかな。」
「だったら、キミは多分、自分の名前もわからないと思う。そういう顔してるから。」
「自分の名前がわからない顔ってどういうことですか?確かに、そうだけど。」
「わたしには見ればわかる。前にもキミみたいな子がいたからね。」
「そうなんですか・・・。実はわたし、生まれてから今日までの記憶がほとんど無いんです。」
「記憶喪失ってわけね。ちょっとだけ辻褄が合ってきた気がする。キミ、あの山から逃げてきたでしょ?」
「えっ・・・!?」

どうして、この女の子はわたしのすべてを見透かしているような発言ができるのだろう。確かに、彼女の話に嘘はひとつもない。すべて合っている。

「じゃあ、わたしがキミに名前をつけてあげる。どうしようかな・・・。」
「別に名前なんてどうでもいいでしょ。」
「そんなことないよ!だって、名前って一生付いて回るものでしょ?だからこそ、ちゃんと付けてあげないとね。」

しばらく彼女は考え込んでいた。そして、閃いた様子でペンを持って・・・

「今日からキミの名前は、雅(みやび)よ。苗字は無いから、キミの親がわかるまでは陣野という苗字を使えばいい。」
「その名前、どこから思いついたのですか?」
「キミ、草むらでギターを抱えながら寝てたから。わたし、ギターを弾いている人に嫌な人はいないって思ってるの。それで、雅っていう字は美しい響きだし、言葉自体に正しいという意味があることを思い出したから。」
「(ボソッと)いい名前だね・・・。」
「キミ、本当はそう思って無いでしょ?」
「思ってますよ!」

本当に思ってる。だけど、彼女はわたしにもわからないくらい奥深いわたしの心を知っているような気がする。ちょっと気まずくなってきたので話題を変えなきゃ。

「そういえば、前にもキミみたいな子がいたという話って、どういうことですか?」
「実はね、あの山は霧野山っていうのだけど、その山にはいつも霧がかかっていて、その向こうには政府の極秘施設があるっていう噂がここを中心に広がっているの。それで、そこから逃げ出した人がこの街に多数来ているっていう話で。もしかして、キミもそうかな?って。」
「わたし、逃げ出した方向が正しければあの山から来たのかもしれない。」
「えっ!?じゃあ、あそこに住んでいたってこと?」
「物心ついた頃からずーっと壁に囲まれて生活してきて、それが嫌になった。部屋でギターをかき鳴らしたりしていて退屈を凌いでいたのだけど、ついに我慢できなくなって、昨日の夜に逃げ出してきた。そういうこと。」
「そっか。まあ、いいや。キミは良い人っぽいからね。」

実は、ここに来るまで自分が男か女なのかも知らなかった。本に出てくる人以外の人間は全員髪が長いものだと信じていたし、自分と同じ顔をしているのだと信じていた。ここに逃げてくる途中で出会った黒ずくめの人間に出会って、わたしは男ではないということを知った。

「あの女を追いかけろ!」

この一言がきっかけとなって。わたしが無知な人間であるということは知っている。だって、壁に囲まれてずっと生きてきたもの。悲しくても、それは認めなくちゃいけない。

「それでね、キミを見つけたとき、キミはギターを枕にして寝てた。どれくらいギター出来るの?」
「そんな突然言われても・・・。」

つばささんって結構無茶なことを言う女の子だなぁと思った。でも、わたしに出来ることってこれくらいしかないじゃない。料理もしたことないし。だから、あの施設にいた時に練習した曲を彼女の前でやってみることにする。

「ワン・ビートの『恋の終わり』って曲とかなら直ぐに出来ますよ。」
「昔の曲っぽいタイトルね。じゃあ、弾いてみてよ。」

そう言われて、昨日は枕にしたギターケースからギターを取り出した。

「キミ、意外といいギター使ってるね。」
「わかるんですか?」
「うん。実はわたし、中学のときは部活をやりながら趣味でギターを弾いてたから。」


「恋の終わり」
わたしの恋が 崩れ去った
あの日を思い出して
また憂鬱な気持ちに変わり
素直な気持ちが棘になる

絵空事の理想を並べても
人生の意味は理解らない
ありのままで生きることが
いちばん難しい そう知ったのは何時だろう?

ロンリー・ボーイ
諦めずに 生きる価値を見つけてみよう
ロンリー・ガール
諦めずに 愛の価値を探してみよう

生きていくうちに
大切なものは消えてしまうさ
だから すべてを失う前に



ちょっと緊張したけど、ミスなく弾くことが出来た。歌詞を覚えてるのが一番だけだったから、少し短めだったけど・・・。つばささんが拍手してくれたから良かった。

「どうしてこんな古い曲を知ってるの?」
「ギターの本に書いてあったからです。」
「ワン・ビートか・・・。」

つばささんがスマフォを開いて検索した。ふーん、とつぶやきわたしに画面を見せて・・・

「1966年に1年間だけ活動したみたいね。その頃のインディーズバンドとしては結構人気があったみたい。でも、その年の年末に風都の特設ステージでライブをしたのを最後に突然メンバー全員が失踪した。そして、今もメンバーたちの行方はわかっていない。っていう感じかな。」
「曲だけが今もこうして歌われているってこと?」
「わたしもさっきの曲は聴いたことがあると思った。どこかでワン・ビートの曲が歌い継がれて、今はギターの本にも練習曲に載ってる。当時は世間的にはほとんど無名だったはずなのに、やっぱり音楽ってわからないな。」

少しの間、部屋が静まり返った。そして、つばささんがギターを手に取り、ポップな曲を何曲も弾いてくれた。知らない曲ばかりだけど、やっぱりギターの音は聴いてるだけでも心地いい。

「わたし、キミの声を聴いて才能あると思った。わたしなんて、ひとつまみの才能すらないからね。」
「そ、そんな!?わたしも才能なんてないですよ。この前、始めたばかりですし。」
「キミがそう思うならそうでいいや。」

「わたしにキミっていうの止めてもらえますか?なんか、違和感があるので...」
「じゃあ、キミがわたしに敬語を使うのも禁止ってことで。普通に名前で呼んでもらっていいから。」
「わかりました。でも、いつもその口調なら無理して変えなくてもいいです。」

随分と話し込んで疲れた。つばさに聞こえないように溜息をつくと、ドアをノックする音が聞こえてきて、つばさの母が入ってきた。

「はじめまして。」
「雅、この人がわたしのお母さん。」
「昨日はわたしを助けてくれたみたいで、ありがとうございました。」
「山の方に用事があって、ハイビームにして車を運転してたら、偶然あなたを見つけてね。草むらに横たわってるから、もしかして何かあったのかなって。ちょっと怖かったけど、連れて帰ってきたの。」
「もう、つばささんのお母さんには感謝してもしきれないです。」
「そこまで言わなくていいのよ。でも、あなたには帰る場所が無いよね。もし良かったら、うちに居候しない?」
「居候?」
「学校にはわたしの親戚ってことで通えるようにしてあげる。」
「断る理由なんて無いです!今までの住処を飛び出してきて、行く場所もなく困っていたところなんで。」
「じゃあ、今日からキミの名前は陣野 雅ね。」
「陣野 雅か・・・。」
「この子、雅ちゃんって言うの?つばさにしては良いネーミングセンスね。」
「つばさにしてはって・・・。まあ、いいや。今日からキミはこの家の一員よ。よろしくね。」
「わたしからも、よろしく。」
「もし良かったら、お母さんにも自己紹介してくれない?」
「わかりました。わたしは、陣野 雅です。霧野山の施設から来ました。特技はギターを弾くことで、趣味はギターと読書です。よろしくお願いします!」

いま、わたしは人に向かって初めて微笑んだ。つばさも、お母さんも、微笑み返してくれた。家族って、こんなに良いものなのか。まだ始まったばかりなのに、もう人間の温かさに感動している。ここから、わたしは新しい人生をスタートさせる。今日生まれた絆を、わたしはたぶん一生忘れないだろう。いままでは闇の中でもがくことしか出来なかったけど、これからは広い世界を駆け回れる。

心の中の炎が燃え、つばさとの間に生まれた絆が、わたしを新たなスタートラインに導いてくれた。これからの冒険は、かけがえのない「家族」とともに始まっていく。この物語は、何かの運命に引き寄せられて、偶然出会ったわたしたちの日々を描く、日記のようなものである。

To Be Continued...

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