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一人で暮らす

新しい街には田んぼがないということに、新居に向かう車内で気づいた。
十数年住んできた田舎を離れ、今度は何でも揃う都会がすぐそばにある。一番近いコンビニは徒歩10分のところにあり、駅までは徒歩3分。最寄り駅から15分程度で百貨店やショッピングモールが一通り揃う都会に行ける。タワレコにも映画館にもカラオケにも、誰の目を気にすることもなく行ける。

門限はもうない。
誰と出かけるか聞かれることもない。
どこに行くか聞かれることもない。
出かける直前の服装やメイクへのダメ出しもない。
「あんたは出かけられて羨ましい」という母親の愚痴もない。
帰ってきてから親の顔色を伺うこともない。
何があってどんな話をしたのか根掘り葉掘り聞かれることもない。

新居は決して広くはないけれど、清潔で居心地が良い。置いてあるものは全部自分で選んだものだから愛着もある。新しい私の城。
もう誰かがノックをせずにドアを開けることもないし、勝手に部屋の中を漁られて日記を読まれたり携帯を触られたりすることもない。
体調が悪いときでも「自分が食べたかったから」と味の濃いものを出されることもないし、それを食べられなくても怒られない。
ちょっとしたことに目くじらを立てて長い説教をされることもない。
自分の考えを伝えても理不尽に人格ごと否定されたりダメ人間のレッテルを貼られることもない。

自由なんだ。

実家に残したものを捨てられても大した痛手にはならないから、親と対立しても何とかなる。
実家でも自分の看病は自分でしていた(何なら体調が悪い母親の看病さえしていた)から、自分の世話だけで済む分だけむしろ楽になる。
親を除く知り合いだけと繋がっているインスタのアカウントもあるから、友達との関わりが途絶えることもない。
日本中で使える資格も手に入れたから仕事には困らない。

一人になっても実感は伴ってこない。明日のお茶を用意し、お風呂に入り、寝る支度をしてもまだ実感はやってこない。あたりは静寂で満ちていて、どうにも違和感が拭えない。
それでも、見慣れない部屋が、実家になかったカーペットの肌触りが、これまでと違う家具の配置が、新しい生活が始まったことを淡々と示している。時間が経てばもっと心が弾むのだろう。

16歳の頃から待ち望んでやまなかった自由。6年越しに叶う一人の生活。自分の心に土足で踏み込んでくる人がいない環境は、今まで味わったことのない自由で満ちている。変化をあれほど恐れていたのに、平穏の味を知ってしまうと戻れなくなる。

さあ、待ってろ未来。
生まれてきてよかったと思えるまで、私はどこまでも進んでいく。前へ。前へ。

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