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私の夢

私には2つの夢がある。1つは看護師になること。きっかけは入院した病院で働いていた看護師さんだ。


その人は私が今も通っている病院で働いていた。私が手術を受けた日の夜、彼女は夜勤の担当だった。
ぼんやりと纏まらない思考で、ベッドサイドに置かれた心電図モニターを眺めていたのを覚えている。脈拍は90回/分を切ることはなく、誰かと話すだけでその数字は130回/分を超えてアラームが鳴った。全身が怠く、身じろぎするたびに傷口に鋭い痛みが走った。

夜中じゅう、私は浅い睡眠と覚醒を繰り返していた。目を閉じて眠りに落ちる寸前、痛みで再び目が覚める。じっとしていれば痛みは消えるから、しばらくすると疲労感で眠くなってくる。うとうとしていると痛みで再び目を覚ます…。

その人は静かに部屋に入ってきて、目を開いている私に優しく微笑みかけた。眠れない夜に孤独でないと気づくことがどれだけ有り難かったか。
彼女は点滴の滴下数を点検してからモニターを見て、尿量を測って、部屋を後にした。今思えば術後の患者の全身管理をしていたのだが、当時の私にとってはこの“尿量を測る”ことが衝撃的だった。ディスポーザブル手袋をつけているとはいえ、扱っていたのは排泄物なのだ。自分でも触ることに躊躇うそれを当然のように計測していることに、幼いながら(あぁ、すごいな)と思ったのを思い出す。

次の日の朝、経過良好とのことでベッド上安静の指示が解除された。「回復を早くするために歩いてね」と主治医は言うのだが、傷が痛くて思い通りに歩けない。傷がある下腹部を庇いながらゆっくりと廊下を進んでいると、斜め前から「あっ」と声がした。夜中じゅう様子を見ていてくれたあの人。
「歩けるようになったんだね。おめでとう」
ほんの一瞬の出来事だったのに今も忘れられないのは何故なのだろう。「おめでとう」の一言が嬉しくて仕方がなかった。私も「おめでとう」と言える看護師になりたい、と思うようになったのはこれがきっかけだ。


私の夢、その2。本当の意味で自由に、幸せになること。

いつからこの夢が増えたのか定かではないが、最初に『自由になりたい』と思ったのが高校生の時だということは覚えている。
鬱と全身倦怠感で朝起きられず、学校に通えなくなって1ヶ月経った頃。唐突に訊かれた「で、なんで学校行けないか分かった?」に私の思考はぴたりと止まった。学校に行けないのは体がだるくて憂鬱な気持ちが消えなくなってしまったから。どうしてかは分からないけれど。
ぽつりぽつりと母にそう打ち明けると、苛立つ声が「だから、その理由を聞いてるんだって。友達とうまくやれてないから?勉強についていけないから?なんで行きたくないの?」と迫ってくる。
そんなの訊かれたって分からないものは分からないんだよ。私だって知りたいよ。どうすれば動けるようになるの。どうすれば気持ちは晴れるの。だいたい、『行きたくない』じゃなくて『行けない』なのに。
私の思いは声になることはなく、会話は平行線を辿った。理由を尋ねる母と分からないと答える私。フラストレーションはつのる一方。そしてとうとう、「本当に分からないの。私の気持ちを分かってよ」の言葉にも「あんたの気持ちなんか分かろうとも思わない」と母が告げた。

何かが壊れたような気がした。他人を本当の意味で理解することはできないとしても、その言葉はあまりに残酷だった。
分かろうともしてくれない人に本心を話す理由などない。この日から私は母に本音を打ち明けなくなった。

本来であれば力の抜ける家ですら、思ったことを言葉にできないと思った。“優雨”を名乗ることでネットの世界だけでも自由でいようとしたのはこの頃だ。この後も、noteに書いていないが母と折り合いが悪くなる出来事(衝突に限らず、過干渉も頻発した)は起こり続けて今に至る。今でも私は自分の家で当たり障りのないことしか話していない。

今はまだ不可能だが、いつか家と距離を置くのが目標だ。家から心理的にも距離をとることでしか、母の干渉を逃れる術はないから。

幼い頃から植え付けられた思考の癖を修正するのは生半可なことではないのだと思う。これまで干渉し続けてきた母が簡単に離れさせてくれるとも思えない。先に待ちうけている苦痛を想像するだけでも怖くて仕方がない。
それでもやっぱり私は自由を掴みたい。どれほど難しいとしても、どんなに苦しくても、「今が一番幸せ」と嘘偽りなく言えるようになりたい。口に出せない2つ目の夢だ。


私には夢がある。叶えたくて仕方がない2つの夢。投げ出すにはあまりに多くの人に支えられて、夢を叶えたいと願うようになるところまで生きてきた。ここまで来て諦めたくないと思ってしまった。
それなら、夢を掴むまでは何としても生きなければならない。支えてくれた人たちに夢を叶えたと伝えられるようになるまでは負けてはいられない。

最後に笑うのは私だと信じて。

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