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初めてのリーグ戦 練習編


8月の終わり頃。有明テニスの森公園の7番コートに立っている。肌を突き刺すような日差しの中、セミの鳴き声と近くの高速道路を走る車の騒音が止まない。ゆらゆらと陽炎が立つコート上は、照り返しの熱で表面温度は45℃といったところか。テニスシューズを履いていてもその熱が伝わってくる。夏の試合は相手、自分、暑さとの戦いだ。
試合前の開会式はネットを挾み、両校同じように2列で整列をする。前列に並ぶのは試合に出る人たちだ。直立不動で立つ人、気怠そうに立つ人、隣同士で話している人、今か今かと学連(審判を務める関東学生テニス連盟の学生)を見る人。みんな強そうに見える。いや、強いのは紛れもない事実。
高校まではそれぞれの地域で活躍した猛者たちが一同に集結し、今目の前に立っている。テニス雑誌に掲載される全国大会の結果によく写真や名前が載っていた選手もいる。僕はそんな相手選手を自陣の後列から見ながら少し興奮気味であった。
試合前の緊張感をよそに楽しく喋っている選手たちも、定刻の1分前には喋るのをやめる。他のコートでも他大学の試合が行われるが、同じように整列を済ませると次第に会場全体が静まりかえり一気に緊張感が走る。なんだこの感覚は。試合に出るわけでもないのに緊張するのはなぜだろう。これがリーグ戦独特の雰囲気とでも言うべきなのだろうか。のっけから完全にのみ込まれた。式次第を担当する学連が腕時計をチラチラと見ては時間を気にしている。もうすぐ始まるのだ。


静寂の中、何秒経っただろうか。あと何秒だ?15秒?10秒?いや、もう始まるのか?そんなことを考えていると次の瞬間、学連の勢いよく放つ声が静寂を破った。「ただいまより〜〜」から始まるお決まりのセリフで、決戦の火蓋が切られたのだ。

「両校主将あいさーーーつ!並びにっ、おーだーこーかーーーん(オーダー交換)!!」

さあ、いよいよ試合開始だ。



ボーラーとは

春の大会で結果を残せなかったうえ、5月に怪我、6月に手術、7月はリハビリと、試合どころか全くテニスをしていなかった僕は、当たり前のごとくリーグ戦メンバーから外れた。7月にリハビリが終わってテニスができる状態になったにもかかわらず、8月からはリーグ戦に向けた練習に入ってしまってテニスができない期間が更に延びた。メンバーから外れた部員は学年問わず選手のサポートや声出しに徹する。1年生はメンバーから外れると球拾い(以下ではボーラーと呼ぶ)をする。このボーラーもまためちゃくちゃきつくて、その大変さは春の合宿を遥かに超える。またまたきついとか言って、じゃあ何がそんなに大変なのか。

まず、ボーラーをする時のルールを挙げる。
・ボールを拾う時は必ず全力でダッシュしなければいけない
・ラケットを使ってボールを拾ってはいけない
・ボールが一球も落ちていない状態でなければならない
・ボールを渡す時はワンバウンドで相手の胸元へ送らなければいけない
・休憩中はベンチに座ってはいけない
・メニュー中のレスト、試合中のチェンジコート時は先輩より先に水を飲んではいけない

などなど
細かい事を挙げ出したらキリがなくなるのでこのくらいにしておこう。


何がきついんだと言ったらやはり1日数時間、真夏の炎天下の中ダッシュ&ストップの繰り返しをしなければいけないことだ。ボールが一球も落ちていてはいけないので、たくさん散らかれば休む間もなくダッシュし続ける。拾っている間にまた散らかるため、エンドレスダッシュ状態。1つのメニューを行うと短くても20分くらい続く。全力のシャトルランが20分間続く感じをイメージしてもらえれば分かりやすいだろうか。思い出しただけでも恐ろしい。「頑張っていきましょうーー!!!」「声出して行きましょうーー!!!」などと声出ししながらの全力ダッシュであるため、側から見たら気が狂った奴にしか見えないんじゃないかと。


それに真夏のテニスコートの表面温度は半端じゃなく高い。ハードコートというサーフェスは日差しの照り返しが強く、45℃前後になると言われている。そのため、ボールを拾ってまた走り出す時の切り返し時に摩擦影響もあってか足がめちゃめちゃ熱いくなる。シューズは熱で擦り切れるため、いつもより早く壊れる。靴下も破け、おまけに足は熱い。終わらない全力ダッシュと暑さで1日の練習が終わると心身ともにボロボロになった。
このボーラーは代々受け継がれるもので、毎年メンバー外の1年生はこうやって死にそうになりながらやるのだ。


帰寮は・・・

練習が終わり、1年生だけで片付けをダラダラと済ませてようやく帰る。寮に帰ると先輩たちが既に帰ってきていた。寮外生も寮の風呂に入りに来ている。寮の風呂はサウナと水風呂が備え付けられているため、部員は風呂を有効に使い次の日の練習に備えた。
「ゆーつお(僕のことです)、お前も行くっしょ?」と声をかけられ、先輩たちと一緒に入る。…が、この風呂がまた長い。お湯に浸かり、しばらくするとサウナと水風呂を行き来する。そしてまた、お湯に浸かる。かれこれ1時間くらいは入っているのではないだろうか。先に上がる場合は先輩に許可を得て出なければいけないが、特に用がなければ許してもらえない。風呂くらい付き合えよ、という意味の軽い意地悪で決して悪質ないじめではないが。長風呂が苦手な僕はいつものぼせそうになる。早く出ないかなぁ…。
お風呂で多少身体が癒えた。そろそろご飯食べようかなと思った頃に、タイミングよく先輩から声がかかる。
「ゆーつお、飯食った?」
「食べてないです。」
「じゃあ行くか!」
「うぃ!」
と、お決まりのやり取りを経てご飯にありつく。練習中は厳しい時もある先輩たちだが、こうやってご飯に誘ってくれるのは嬉しかった。この頃は本当に食べることしか楽しみがなかったので、とにかく食べるものがあれば何でも食べた。もともと好き嫌いはあまりなかったが、この時期にさらに少なくなった。食べる量も以前に比べだいぶ増えた。
どうでもいいが、自分でも驚いたことがある。それは、唐揚げにマヨネーズをつけて食べるようになったことだ。僕はマヨネーズが昔からあまり好きではなかったため、唐揚げにつけるようなことは今までしなかった。だが、いつも食べる唐揚げ定食にマヨネーズが添えられていることから、なんとなく「つけてみようかな」と思ったのがきっかけだった。何事もきっかけなんてそんなもの。唐揚げにマヨネーズがこんなに美味しいものだとは…。
ハッ、いかんいかん。何を唐揚げとマヨネーズの話なんかしてるんだ。話を戻さねば。


ボーラーのために生きた2カ月

2つある巨大なクーラーボックスを氷で満タンにするために、朝5時に起きて寮の製氷機の氷を全てかっさらい、大学の門が開くと同時に体育館に行き、足りない分を補充する。7時くらいからコートの掃除を始めて練習に備える。当時同期は5人いたが、みんな疲れ切っていて誰も話さない。淡々と掃除を済ませる。5人のうち3人はリーグ戦メンバーだったが、きついのはメンバーも同じようでみんな毎日バテバテであった。1日練習の日は朝9時から昼休憩を挟み夕方4時半頃まで?(終了時間は決まっていない)、半日練習の日は同じく9時から1時頃まで練習をしてその日を終える。4日に1度のオフの日が待ち遠しい。
ある日、夢の中でもボーラーをしている時があった。ボールを投げ渡す時に少し逸れてしまい先輩に謝っていたのかな?夢の中でボーラー中の僕はすかさず、「せんっ!!!」と謝った。のだが、そのでかい声の「せんっ」は現実世界にも放たれたのだった。もちろん言った直後、自分でも気づいた。同じ部屋の先輩を起こしていないか不安で目を開けると、声が聞こえた。やはり・・・。2段ベッドの上にいた4年生の先輩が寝言を聞いて「なに宇佐美?寝言?やばwwwお前夢でもボーラーしてんの?www」と大爆笑。何が言いたいかというと、夢にまで出てくるほど毎日ボーラーのことで頭がいっぱいだったということ。あれはめちゃめちゃ笑われたなぁ(笑)
オフの日は基本的にほとんど寮から出なかった。遊びに行ってもよかったのだが、それよりも休みたいという気持ちの方が強く、外に出ることができなかった。友達とご飯を食べに行ったのは2ヶ月通して一度だけ。海に行ったりバーベキューやったりしておけばよかったとも今は思うが、当時はそれどころではなかった。ボーラーのために起き、ボーラーのために食べに、ボーラーのために寝る。リーグ戦シーズンはそんな毎日の繰り返しであった。

そんな地獄のリーグ練習が始まり1カ月が経とうとする8月下旬、いよいよリーグ初戦を迎える。




次回

今回も最後まで読んでくださり、ありがとうございました。
ちょっと長くなってしまいました。
色々思い出しながら書いていたら大変だったことが次々と蘇ってきて、よく乗り切ったなぁと。もう二度とあんなことはできません。

さて次回は、いよいよリーグ戦の話に入っていきます。大学テニスのメインイベントなので、興味のある方はぜひ読んでください。


それでは。



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