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【ゆのたび。】 10:鹿児島温泉旅④ テイエム牧場温泉 ~名馬の名を継ぐ、圧倒的な温泉成分の名湯~
天気予報はまったく好転する気配が見えない。
1週間先まで天気のマークは傘、傘、傘。
お日様マークは一つもない。
天気予報は近い予報ほど当たりやすい。
つまりは私の滞在中に空が晴れ渡ることは決してないことが保証されてしまったわけである。
予定していた登山はほぼ絶望的となり、空いてしまった時間を埋めるために天気が悪くても見て回れるものをスマホで検索する。
もはや湯だ。湯に入ろう。
それしかないな、せっかく疲れた体を湯で癒そうと思っていたのに。
しかたがない、登山計画の最後だけは達成するしかないか。
そういうわけで、完全に湯治の旅へと頭をシフトする。
せっかくだ、以前から気になっていたあの湯へ行ってみようじゃないか。
車を走らせて右側の半島を目指す。
鹿児島を形作る2つの半島、その右側。
大隅半島へ、いざ。
温泉が好きだ。
そういう意味では、この国は随分と恵まれている。
源泉数や湧出量もさることながら、温泉を愛する文化が社会に根付いているというのは実に素晴らしいことに思う。
この国は火山の国だ。世界にある活火山の1割がこの国にある。
火山は様々な災害をもたらす。しかし同時に、同じかそれ以上の恵みを私たちに与えてくれる。
温泉の多くは火山のたまものだ。そのため、火山の近くでは豊富に温泉が湧く。
桜島を始め名のある活火山を有する鹿児島は、それゆえ数多くの湯が湧いているのだ。
温泉が好きだ。
だからこそ、私は鹿児島を訪れた。
今日も湯を求めて、である。
雨天、ワイパーは役に立たず、恐々と道を走る
「うおお、これはヤバい!」
私は思わず叫んでしまった。叫ばないと声が雨音にかき消されてしまうからだ。
線状降水帯が上空に居座り、恐ろしいほどの量の雨が大粒で空から落ちてきていた。
ワイパーが左右へ必死に動いている。ワイパーのスピードはもうMAXだ。
しかしそれだけやってもフロントガラスからの視界は全く良くならない。
途切れることなく降り続ける雨がワイパーでぬぐい取った部分を一瞬にして濡らし、景色をぐにゃりと歪ませる。
ワイパーの通り過ぎたすぐ後ろが一瞬だけ前の景色が垣間見える。
その隙間から前方の安全を確認をしないといけない。
対向車は来ていないか。道からずれてはいないか、倒木や石は落ちてはいないか。
ハンドルを握る力が強くなる。
対向車が見えればカッと緊張が走る。
事故の気配そこら中に充満している。私はたまらず通り掛けに見つけた道の駅に避難する。
しばらくすれば徐々に雨は緩み、やがて嘘のように止んだ。空がわずかに明るくなり、暗い色の雲は遠くへと去って行ってくれた。
事故は避けたい。ましてや旅先で、借り物の車でなんてしたくない。
嵐が気まぐれに去ってくれたこのタイミングに、目指す温泉へと急ごう。
地図を見ながら海沿いの道を走る。
ふと見えた道沿いの廃墟のような建物。それが温泉への目印だとネット上の何かで見た覚えがある。
道を曲がり、細い道へと入る。その奥に、駐車場と目的地を示す看板があった。
テイエム牧場温泉がここにあることを、道行く人々のどれだけが知っているのだろうか。
秘湯? テイエム牧場温泉
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駐車場は建物の基礎部分をそのまま駐車場にでもしたような、あまり見ないタイプのものだ。
コンクリートの柱が車を停めるのに微妙に邪魔だ。ともすればぶつけてしまいそうな気になる。
ともかく車を停めて、海沿いに延びる道を奥へ。その先に、バンガローのような建物があった。
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ここがテイエム牧場温泉だ。
前から来てみたかった温泉の一つである。
どうして来てみたかったのかというと、その名前だ。
まず温泉名にカタカナが付いているところで絶妙に引っ掛かりポイントだ。
それに牧場。温泉なのに牧場。違和感いっぱいで気になりすぎる。
そして、何よりも『テイエム』という名前。
この名には聞き覚えがある。というか結構知っている。
競馬でその名を私は聞いたことがある。
テイエムは、建築物の耐震補強材を作る企業である株式会社テイエムの社長が所有する競走馬たちに付けられる名、いわゆる冠名だ。
もっとも有名なのは2000年初頭に活躍したテイエムオペラオーだろう。
私は競馬に詳しいわけではないが、この馬の偉大な功績は知っている。
そんなテイエムの名を持つ、馬ではなく温泉があるのを見つけた私はここが気になって仕方がなかったわけである。
どうやらこの湯はかつて馬を洗うための井戸を掘ったときに湧いたものらしく、ここにあった牧場は閉鎖されたが温泉だけは残っているのが現在なのだ。
偶然湧いた温泉を一般に開放してくれているのは嬉しい限り。
さっそく入浴させてもらおう。
雨と風が、強くならないうちに。
超濃厚・黄金湯。大量な析出物を背もたれに!
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料金はおとな500円。お金を払うと受付の方からロッカーのカギが渡される。
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すのこがコンクリートの床に直置きな廊下を進むと暖簾がかかった浴室に着く。
壁や天井は波板ポリカを有効活用。
この趣のある手作り感が大変に私好みで素晴らしい。
こういう飾らない場所にこそ良き湯との出会いがある私は信じている。
これまた手作り感満載な更衣室で服を脱ぎ、いよいよ浴室にGOだ。
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![](https://assets.st-note.com/img/1689166271179-CaZLzl4yKs.jpg?width=1200)
入ってみて思う、「ここは海の家かな何かかな?」
周囲にシャワーと蛇口が複数設置され、浴槽のそばには風呂桶と椅子が山積み。
石鹸は備え付けてはないようだ。
廊下と同じく直置きすのこを歩くスペースとして、黒色の木材で柱と手すりが作られている。
浴槽は水風呂と温泉の浴槽の2つあり、サウナもあったが今は閉鎖中だった。
すごい濁った色をした温泉が浴槽いっぱいに貯められている。
これはずいぶんと効きそうだ。
濁りで段差が全く見えない階段を下りて私は湯の中へと体を沈めた。
![](https://assets.st-note.com/img/1689171609236-rqd8aFvCRw.jpg?width=1200)
とんでもない濃度の湯だ。湯に入った途端、体が消えてしまったぞ。
そう思えるくらいに湯が濁っている。水面から10センチ下は何も見えない。
泉質は炭酸水素泉とのことだ。色的に鉄分を豊富に含むように見え、実際ちょっと鉄っぽい匂いがする。しかし色の割にはそんなに鉄臭くはない。
温度はすこしぬるめな具合だ。
これが実にちょうどいい温度で、体を首まで沈めて長時間入っていても暑さで苦しくなってくるような感覚はなく、いくらでも長風呂ができそうな気になってくる。
「いくらでも入っていられそうだな」
これが嘘偽りなく言える湯はそんなに多くない。
実際結構長い時間湯に浸かっていたが、のぼせるような感覚にはならなかった。
そしてこの湯で面白いのはその見た目だ。
湯の色のことではない。その湯がたまる浴槽の周囲の見た目だ。
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これを見てほしい。浴槽にある木製の手すりなのだが、湯の水面の下の部分が何かぶっとくなっているのが見えるだろうか。
卵焼きのような色と層状の見た目のこれ、なんと温泉からの析出物である。
温泉の成分が固まったこの石のような物体が、浴槽の内側にびっしりとかなりの厚さでもって張り付いているのだ。
縁だけなく、湯が触れるところには析出物がくっついている。その形はまったくのランダムなもので、いびつな形となったそれらの作る景観はとても奇妙で異様だ。
しかしそれがある種のアートのようで、独特の見た目を浴室の中に創り出している。
湯の中の析出物は水面から出た部分と違って比較的滑らかな仕上がりとなっている。
それが、ちょうどいい枕になったり背もたれになったりしてくれるのだ。
時々とがったところが痛くもあるけど、それもまた趣だ。
析出物を肌に当てていれば、多大な温泉効果が期待できそうな気になってくる。
湯温と景観。火照ったら水風呂で一休み。この組み合わせでいくらでもいられそうだ。
好奇心からの来訪だったが、期待以上の湯に私は出会うことができたと思う。
また訪れてみたくなる、そんな湯との出会いだった。
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ちなみに建屋のすぐ裏には温泉が噴き出す場所があって自由に見学ができる。
見れば、ずいぶんと元気な温泉だ。勢いよく噴き出る温泉は止まることを知らない。
こんな源泉の温泉なのだ、濁りまくっている析出物大量なパンチのあるお湯であることも納得だ。
これからもこの勢いを緩めることなく湧き続けてほしいものである。
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