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【ゆのたび。】25: 新潟県 佐渡島 ビューさわた ~ペダルをこぐ汗、湯で流す汗~


「ああ、これはダメだ」

疲弊した私は帰還を決意した。とても一周なんてできない。こんなに自転車のための体力が落ちているとは思わなかった。

長い距離を走れなかったり、坂道を速く登れなかったりしてすぐに体力切れを起こしてしまう自転車乗りを『貧脚』なんて言ったりする。

精力的に乗っていた頃も貧脚だった私だが、かつてよりもはるかに貧脚になっていた事実に愕然としてしまった。

私はロードバイクを持ち、佐渡島を訪れていた。島を一周するためである。

潰れた砂時計型の佐渡島は、1周すると約210キロである。起伏に富み、風区明媚で自転車乗りには人気の地だ。

サイクリング目的で佐渡を訪れるのは2度目だった。1度目は学生のときで、あのときは精力的にロードバイクに乗っていた。

その日、佐渡島は絶好のサイクリング日和だった。

空は晴れ渡り、雲は無く、遠くの景色には霞がかってもおらず、しかし夏の暑さにはあと一歩届いていなかった。

そんな快晴の空の下、私は大汗をかきながらペダルをこいでいた。

両脚はすでに疲労で棒のようだった。わずかでも道が登りになれば、10回もこげば辛くなった。

その辛さは一方でひどく懐かしくもあった。ああ、かつての私と同じ苦しさを再び味わうことになろうとは。

鈍りとは悲しいものだ。以前の自分ならもっと楽にこいでいられたはずなのに。記憶の中の自分と現在の自分との乖離に、私は苦笑してしまった。

立てた計画はかつての体力に基づいたもので、そもそもそれでもキツキツな内容にしていた。なのに現実の体力を痛感させられては、そんな計画は無理を超えて無謀だ。

改めてトレーニングを積まないと厳しいなと考えながら、来た道を帰る私はふと、思う。

湯に入りたい。

この汗にまみれた体を洗い流したい。疲弊した体を湯に浸けて癒されたい。ペダルをこぐ中で、私は湯の暖かさに不意に欲した。

なら、思ってしまったらば入りに行こう。

一周するのを諦めた今、帰りのフェリーの時間には余裕がある。いっそ潔く、ゆったりしてしまおうではないか。

決まった。ならば、湯へ行こう。

調べてみれば、少し走ると施設があるらしい。

せっかくだ、佐渡の湯に浸からせてもらおう。

そうして私は、『ビューさわた』に訪れたのだ。


さわたコミュニティセンター ビューさわた


どうやらここはクリーンセンターから生じる熱エネルギーで湯を加熱している施設のようだ。

近くには植物園もある。エネルギーを有効活用しているらしい。

ビュー、といっているように高台にあり、湯からの眺めも期待が持てそうだ。

太陽も高くなってより暑くなり、とにかくこの汗と暑さの気持ち悪さを洗い流したくて、私は自転車を停めるのもそこそこに施設へと転がりこんだ。

料金は大人500円。手早く支払い、浴場へ。自転車乗り特有のピッチリしたライディングウェアは汗で脱ぎづらく、私は苛立ちで生地を力任せに引っ張ってしまった。

体を洗い、湯に入る。クリーンセンターの熱を利用しているこの施設の湯は、普通の水を加熱したものだ。いわゆる『温泉』ではない。

しかし体に染み入るぬくもりは、どんな湯にも共通だ。この暖かさこそ、疲れた体には効くのである。

両手足を存分に伸ばせる広さの湯船は素晴らしい。こういう施設に来たならばこうでなければならない。足を曲げて入るのは家の湯で事足りるのだ。

大きな窓からの展望は、生垣で少し見えづらいものの景色がいっぱいに見渡せて解放感が良い。特に空は湯に沈めば存分に眺められる。

飾らない湯も良いものだ。洒落た湯も確かに良いが、こういう地域住民のための湯からこそ得られる要素もある気がする。

存分に体を温め、湯から出る。体が火照って汗がどんどん出てしまう。夏の盛りになったら体が干からびるまで汗が止まらなそうだ。

火照りが引くと、体の疲れも幾分か癒えた気がした。やはり湯だ、湯は疲れに効いてくれる。

少し、楽しみすぎてしまったか。帰りのフェリーの時間まで余裕が無くなってきている。港まではまだ遠い。今から間に合うだろうか。

いえ、間に合わせてやろうとも。せっかく癒えた体をまた疲れさせてしまうのももったいない。だが、だからこそひと踏ん張りができるというものだ。

湯上りの体に、走る自転車に乗り感じる風は心地よい。この心地よさがあるから自転車に乗るのだ。

また疲れたら湯に入ろうか。途中にも湯があることは調べてある。そのためにペダルをよりこいで、その余裕を作らなければ。

振り返れば、ビューさわたは遠くになっていた。あそこから、少し前の自分はこちらを眺めていたのだ。今度は見た景色の中から見返す立場になった自分に、少しだけおかしさを私は感じたのだった。


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