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よのなかよもやま寄稿 06:奄美大島実久海岸――加計呂麻島の奥地にある実久(さねく)ブルーと、あこがれとの遭遇 



青を求めて私は訪れた。

そしてその透き通った青の向こうで、私はついに出会えた。



船は、数ある移動手段の中でも特に旅のロマンが詰まったものに思う。

かつて多くの人々が新天地を求めて海を旅した気持ちも理解できる。

蒼い海面を進むとき、言い表せない期待感が胸の内に湧いてくる。

離れ行く陸地、そして近づいてくる陸地。

出港したときのわずかなさみしさ。そして入港したときの確かな楽しさ。

ああ、あのワクワク感は何度味わってもいい。

私は船旅を愛している。



加計呂麻島へ、原付とともに上陸!


奄美大島の南部の街、古仁屋からは周辺の島への船が発着している。

近くの島の加計呂麻島、請島と与路島。そしてさらに少し離れた徳之島へと航路はつながっている。

さらに徳之島からは先の島、最終的には沖縄本島まで航路はつながっているので、古仁屋からの船旅は存分にアイランドホッピングを楽しむことができるのだ。

このように数多くの島とのつながりを持つ古仁屋だが、中でも大島海峡を挟んだ向かいにある加計呂麻島への船は、特に住民の生活の足として活躍している。

加計呂麻島と古仁屋の間は船で約15分。ちょっとしたバス感覚である。

その日、私は初めて加計呂麻島に上陸した。

実は上陸の予定を決めたのは前日だった。

加計呂麻島は海の青さがとても有名だ。

その青の美しさから『加計呂麻ブルー』とも称される。

ダイビングやシュノーケリングをすれば最高の体験ができること間違いなしだ。

加計呂麻島のことを軽く調べて初めてその青さが有名であることを知った私はならばぜひともその青さをこの目で見てみたくなった。

そしてどうせなら、より青が美しい場所を見てみたい……そんなとき、場所に選ぶのに便利なのは人々の口コミや観光情報の売り出しだ。

なんとなくそういう情報にホイホイと釣られてしまうのは面白くない気がする……天邪鬼な心が顔をのぞかせるけれど、結局そういうのに従った方がいろいろと楽でもある。

いろいろ調べていると、ふとある一文が目に留まった。

『実久ブルー』

加計呂麻島の北西部、辺境の島の中でもさらに辺境の地にあるビーチ。

そこは島の中でも屈指の青さと透明度を誇るビーチらしい。

ほう、いいじゃないか。良い場所を見つけたぞ。

そんなわけで、前日の夜に行先が決まったわけである。

当て字に思える特徴的な名前を持つ島に興味を持った私は、レンタルした原付とともに船へと乗った。

加計呂麻島はギザギザとしたリアス海岸を持つ平地の少ない島だ。

わずかな平地に人が集落を作っており、かつての奄美の生活を色濃く残している。

奄美の独特な文化が今もなお集落で伝承され、特に諸鈍集落の伝統芸能『諸鈍シバヤ』は国指定の無形重要文化財になっている。

しかしそのような部分に目を向けなければ、加計呂麻島は時間の流れが緩やかな辺境の地であり、言い換えれば他に目を惹くような観光資源の乏しい島ともいえる。

しかしだからこそ、世俗から離れることを望む人々はこの地のそういう部分を求めて訪れるのだろう。

私が事実、そうであるように。


実久海岸はシークレットビーチのようなだった


さて、加計呂麻島には瀬相(せそう)と生間(いけんま)の二つの港がある。

私が降りたのは瀬相港だ。原付にまたがり、車に続いてタラップを降りる。

瀬相港の待合所にはタカセガイがモチーフの大きなモニュメントがある。

上陸記念の写真を撮るにはちょうどよさそうだ。

実久へと原付を走らせる。

意外にも道路は整えられていて、信号もないので走りやすい。車も当然ほどんど行き交わない。

ギザギザの島をなぞるような道路を北西へとひた走る。

南国の暖かな日差しと空気が、バイクで走ると涼しくてちょうどいい。

濃い緑の森を割るように敷かれた道路を走り、時々集落が現れると自分が道に迷っていないことを実感できて安心する。

そうして走ること、どのくらい経っただろうか。

森の中を走り、気づけば少し山の中を走っていたことを下り坂を走りだしたことで実感していたとき、不意に私の視界がぱっと開けて海辺へと抜けた。

白い砂浜に青い海。実久の海岸にどうやら到着したようだ。

バイクを止め、砂浜に立つ。



天気は曇りなのが惜しい

おお、確かにこれは綺麗なビーチだ。

遠浅な海は波際から覗いただけでも透明度が高いことがうかがえる。

少し地形が湾になっているからなのか、それともそういう日だったからかは分からないが、波は穏やかで静かだ。

人はおらず、まるでシークレットビーチのよう。

浜辺には建物がいくつかあって集落となっているようだが、周囲を見ても人の姿は見えなかった。

道路は集落の端まで伸びていて、その行き止まりには小さな漁港がある。

そこに立って海を覗いてみると、海底まで透き通って見え、そこに何匹もの魚が泳いでいるのが見えた。

防水カメラを持っていたので、カメラを水中に突っ込んでみる。そうすればきれいなサンゴも生えているのが見えた。

これは、もうたまらんな。

私は我慢できなくなって、バイクに戻って水中ゴーグルを付けて服を脱いだ。

こういうときのために、泳ぐための準備は持ってきていたのだ。

水中は陸から見ていた通りの透明さで、ずっと先まで見通せそうだった。

さすがに内海のためかサンゴの数は少ない。それと当時に魚の数も少ない。

もう少し沖に行けばより見ごたえのあるサンゴ礁に出会えるのだろうが、さすがに一人で沖に出るのは危ないし、怖い。

と、海底の様子を眺めながら泳いでいると、視界の端に何か大きなものが宇動くのが見えた。

目を向けると――初めて見る、ウミガメだった!

自然の中での初めての出会いだ……会いたかったあこがれの存在に会えて、私は水中で歓声とあげた。

前足をゆったりと動かして泳ぐウミガメ。私は少しでも近づきたくて、泳ぐ後を追う。

しかしウミガメはこちらの存在に気付いたのか、ゆっくりとこちらに背を向けると、逃げるように泳ぎだしてしまう。

その泳ぎは相変わらずゆったりとしているのに、私が頑張って泳いでも全く近づけない速さもしていて……しばらく追いかけっこをして、私はこれ以上カメを怖がらせるのもよくないと思い追うのをやめた。

カメは、私を置いてスイスイと泳いでいき、やがて遠くへと消えていった。

少し寂しく思った私だが、同時に嬉しい思いもあった。まさに南の海らしい生き物であるウミガメに、遠目とはいえこの目で直に見られた。

頭の中で思い描いていた光景が現実になった気がして、私はただ嬉しかったのだ。


実はこの後、私は南西諸島に来るたびに何度もウミガメを目撃することになる。

そしてやがて、ウミガメを見ることは実はそんなに珍しいことではなかったのだと私は少しずつ思うようになる。

しかしそうであっても、あのときの感動は色あせはしない。

視界の端に移った姿にハッとして、目を向けよく見て驚いて。あの思い出は、何度ウミガメを見たとしても私の中にずっと鮮やかに残り続けてくれている。

あの、実久ブルーとともに。

願うなら今度は晴れの日に、また青い海の中で出会ってみたい。




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