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【ゆのたび。】 09:鹿児島温泉旅③ 市来ふれあい温泉センター ~こんな料金で入っていいの?~
雨の気配と夜の足音がすぐそこまで迫ってきている。
早く山から抜けねばならない。市街地に、人の営みのただなかに紛れ込んで、自分の心の根っこを安らげたい。
車のヘッドライトがともす時間がやって来た。日の長い時期ではあれど、さすがに日が水平線の向こうへ沈む頃合いだ。
私は暗くなりゆく道から逸れてしまわないようにハンドルを幾分かしっかり握り、一方でできる限りスピードを出しながら車を走らせる。
時はまさに逢魔が時。あの世とこの世が混じり合い、妖しい者どもがどこからか現れ出るとき。誰そ彼、あそこに見える人影は誰のものか。
……というようなきざな冗談はさておいて、私が単に早く街中へと戻りたくなっただけだ。暗い山道の運転はしんどいからである。
私は人込みや喧騒よりも、閑静もしくは無人の方が好みなところがある。
賑やかな街中よりも、静かな自然の中の方が心地よい。
しかしそうはいっても、街灯の煌々とした明るさを結局は求めずにはいられない。
私は結局、あまのじゃくなだけなのかもしれない。
街灯の明るさに、私は小さな心の安らぎを見ている。
温泉が好きだ。
そういう意味では、この国は随分と恵まれている。
源泉数や湧出量もさることながら、温泉を愛する文化が社会に根付いているというのは実に素晴らしいことに思う。
この国は火山の国だ。世界にある活火山の1割がこの国にある。
火山は様々な災害をもたらす。しかし同時に、同じかそれ以上の恵みを私たちに与えてくれる。
温泉の多くは火山のたまものだ。そのため、火山の近くでは豊富に温泉が湧く。
桜島を始め名のある活火山を有する鹿児島は、それゆえ数多くの湯が湧いているのだ。
温泉が好きだ。
だからこそ、私は鹿児島を訪れた。
今日も湯を求めて、である。
いちき串木野の街中で、ふと思い立って湯に入る
いちき串木野の市街地に戻ってきた。
鹿児島市のような大変に発展した街ではないが、山から見れば立派な文明の街である。
行き交う車のライトの明るさが街に戻ってきた実感を湧かせる。交通量は、分かりやすい人の営みの発展具合を表すパロメータに思う。
ここからまだしばらく車を走らせ、鹿児島市内へと向かわないといけない。今夜の宿は鹿児島市内なのだ。
私の宿は、貧乏旅のお供であるネットカフェである。残念ながらネットカフェはたいてい大きな街にしかない。
安く屋根の下に寝転がる権利を得るには、ときには大きく移動をしないといけないときもあるのだ。
今は多少空にも明るさが残っているが、鹿児島市内に入る前にはしっかりと暗くなってしまうだろう。
慣れない土地だ、気を付けないといけないなと地図を見ながら考えている最中、ふと私の目に目に入る文字があった。
温泉。
何? 街中にも温泉があるのか?
調べてみると、どうやら市街地の中心から少し離れたところに温泉があるようだ。
さきほど行きの道中で市街地南部に湯之元温泉という温泉地域があるのは見つけていたが、それらとは別の温泉の施設があるらしい。
気になった。気になったなら行かねばならない。
そういうことになった。
川を渡り、海沿いの道を行き、私は『市来ふれあい温泉センター』へ訪れたのだった。
市来ふれあい温泉センター
![](https://assets.st-note.com/img/1689087834942-gFJS6GN00j.jpg?width=1200)
まさに市民の憩いの場といった見た目だ。事実、私が建物を見ている間にも地元の客であろう人たちが建物へと吸い込まれて行っている。
こういう地元民のための湯というのは飾りっ気がなくてむしろ私の好みである。
こういう趣味は少々老け込んでいる傾向があるからか、私の周囲からは首を傾げられることも時たまある。
しかし好みなのだからしかたがない。
私も中へと吸い込まれることにする。
料金はおとな300円。
どうしたことか、すいぶんと安い料金だ。
温泉といえば500円くらいするのが相場なイメージでいたが、ここまでで訪れてきた湯はどれもそれ以下だ。
鹿児島は温泉が安い傾向にあるのだろうか?
![](https://assets.st-note.com/img/1689150088431-zDmF3VzWWA.jpg?width=1200)
浴室は階段を上った2階にある。以前訪れた青森市や稚内の温泉を思い出す構造だ。
1階では食事もできる。食事と入浴のセット料金で割引もしてくれるそうだ。
衣服を脱いで浴室へ。今日3つ目の入浴である。
浴槽は水風呂やジェットバス、泡の出る風呂のほかに、ごつごつした岩で作られた岩風呂がある。まるで海岸の岩礁地帯に湧く野湯のような雰囲気だ。
露天風呂ももちろんある。すぐ近くを流れる八房川を眺めることができる。
ここまで来て言うのもなんだが、実は3つ目の温泉で体はだいぶいっぱいいっぱいである。
これまでの湯をしっかり堪能してしまったので、体から「もう良くないか?
?」というシグナルがビシビシと伝わってきている。
しかし私は入浴する。それが私の使命だ。
他ならぬ私から私への使命である。ただの自己完結な自分勝手なのだ。
そういうわけなので、ここはやはり露天風呂で湯を感じよう。
どうせ入るのならばやはり露天風呂に入りたい。
日が沈んで少し涼しくなった外気で肩から上を冷ましながら、当館の湯を味わってみることにする。
湯は塩化物・硫酸塩温泉で濁りのない湯だ。
塩化物の温泉ということで、体が温まりやすい温泉だ。湯をはしごしてきた私には、その効果は、今の私には正直きつい!
体を沈めるも、だんだんと入っているのを耐えるような状況になってきて、我慢できなくなった私は浴槽の縁に這い上がって体を外気で冷やした。
これは、最初に入っていたらもう少し堪能できたのだろうけれど今はしんどい! 長風呂をしたらのぼせる路線一直線だ。
もう数度再入浴を試みるも、やはりすぐに湯から上がってしまう。うん、さすがに限界だ。
風呂に入るのも、すぎるのはやはり良くない。程度というのが大切だ。
しかし好きなのだからどうしようもない。まったく困ったものだ。
休憩スペースで漫画、これこそ至福である
湯から上がった私は1階へ向かった。
ここには1階に休憩スペースがあり、そこにはたくさんの漫画が置かれているのだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1689150025353-o3s6tQEJdU.jpg?width=1200)
![](https://assets.st-note.com/img/1689150054270-RrofCTkLav.jpg?width=1200)
湯から上がった後の漫画タイムは、怠惰の沼なようでとても心地が良い。私はいつもはまってしまう。
スペースにはコインランドリーが備え付けてあり、ふらりと訪れた旅人にも親切だ。
漫画を読みながら洗い物を待つ、素晴らしき時間の有効利用である。
そういえばこれまで読もうと思って読んでこなかった漫画がある。本棚を見ればそのタイトルがある。
今日がその機会だ。火照った体を冷ましながら読ませていただこう。
そうして私は漫画の世界に没入していく。
「お客さん」
スタッフさんの声にハッとすれば、時間はすでに閉館時間になっていた。
いやはや、漫画は時間泥棒だ。そしてそれらが置かれた温泉は悪魔的組み合わせだ。
私はいそいそと建物を後にする。外はすっかり夜である。
こんな日を何度繰り返したのか分からないけれど、私はこれからもこんな風に漫画で帰りが遅くなってしまう温泉帰りを繰り返すのだろう。
そんな確信を私はぼんやりと夜空に浮かべたのだった。
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