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【ゆのたび。】 11:鹿児島温泉旅⑤ 海潟温泉 江ノ島温泉共同浴場 ~路地裏で、湯花の舞う湯が待っている~
雨脚は強まったり弱まったりを不規則に繰り返している。
一瞬の間は止んでも、少しすればまた雨粒が体にポツポツと斑を作る。
船を降りたときはかろうじて雨は振っていなかった。
しかし今はもう雨が傘を差さないといけないくらいに振り出していて、その勢いは徐々に増している。
南の空は随分と重たい色をしているように見える。あの雲が私のいるこの地の真上に来たら、いったいどんな嵐になってしまうのか想像もしたくない。
せめて私がこの地からいる間は南の空で待機してくれることを祈りながら、ようやくやって来た一日に数本しかない路線バスに乗り込む。
せめて、あの雲から離れるように移動をしなければ。幸いにして目的地はあの怖い雲から遠ざかる方向だ。
対岸に霞む鹿児島市街地を横目に、大隅半島の海沿いをバスが行く。
そういえば、しっかりとこちら側から対岸を見たことはなかったな。
私は車内の湿気に曇り出す窓ガラスを見つめてぼんやりとそう思った。
温泉が好きだ。
そういう意味では、この国は随分と恵まれている。
源泉数や湧出量もさることながら、温泉を愛する文化が社会に根付いているというのは実に素晴らしいことに思う。
この国は火山の国だ。世界にある活火山の1割がこの国にある。
火山は様々な災害をもたらす。しかし同時に、同じかそれ以上の恵みを私たちに与えてくれる。
温泉の多くは火山のたまものだ。そのため、火山の近くでは豊富に温泉が湧く。
桜島を始め名のある活火山を有する鹿児島は、それゆえ数多くの湯が湧いているのだ。
温泉が好きだ。
だからこそ、私は鹿児島を訪れた。
今日も湯を求めて、である。
鹿児島には薩摩半島と大隅半島を結ぶ航路がいくつか設定されている。
そのうち、鹿児島市街地の南の港と垂水市を結ぶ航路がある。
私は好奇心に従ってその航路で大隅半島に降り立った。
友人と別れてレンタカーも同時に返却した私は、移動手段に公共交通機関だけを利用することになっていた。
そんな中、私はまた温泉に行きたいと考えていた。
ここまでだいぶ温泉には浸かってきてはいたけれど、まだ湯に入りたい。
せっかく来たのだから、食い倒れよろしく浸かり倒れをしていきたいところだ。
とそこで、そういえば大隅半島側の温泉はほとんど訪れてはいないことに気が付く。
ならば行こう、大隅半島へ。
そういうことになったわけである。
鹿児島市街地の南側の港からフェリーに乗り、大隅半島は垂水市へ上陸する。
フェリーに乗ったときのことはまた別の機会に書かせてもらおう。
フェリーターミナルから外に出て、便数の少ないバスに乗り込む。
乗ること20分、私は目的のバス停でバスを下車した。
桜島と大隅半島の付け根部分のほど近くに、江ノ島という小さな島が浮かんでいる。
そのそばの海沿いに、海潟温泉という温泉地があるのだ。
海潟温泉 江之島共同浴場
海潟温泉は閑静で温泉地だ。郊外のちょっとした集落のような雰囲気である。
バス停のある太い道路から逸れて海岸の道へと歩いて向かう。
降った雨で道は一部水没し、それを避けないといけないので歩きづらい。
水たまりを避けながら少し進むと、道のわきで柱に付いた看板が目に入る。
![](https://assets.st-note.com/img/1689228530697-R8BAR17jgv.jpg?width=1200)
どうやらこの奥らしい。
矢印に従って行ってみると、道は住宅同士の間へと延びていた。
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ここで本当にいいのか? 人家の敷地内へ気づかないうちに入ってしまうのではないかと心配になる。
ソロソロと歩いて奥へと行く。と、
![](https://assets.st-note.com/img/1689311066154-kT2ivWFp68.jpg?width=1200)
コンクリートでできた建物が目の前に現れた。
玄関にかかる、♨のマークが描かれた暖簾。間違いない、ここが目的の場所の江之島温泉共同浴場だ。
奥まった位置にあるので表の道からは全く目立たない。
スマホの地図を見てなければ、初めて訪れたものが正確にここへと足を運ぶことはかなり難しいだろう。
ひっそりと、この地の住民のためだけに門を開いているかのような多々z枚の温泉だ。ふむ、なんとも味わい深くて雰囲気のある、私好みな場所である。
すまない、外様な私があなたを見つけてしまった。隠れていたつもりだろうに申し訳ない。
そして見つけてしまったからには、入浴をさせてもらおう。
空の色が暗くなってきている。また一雨が来そうな気配だ。
早く中へと入って湯を味わわせてもらおう。
大雨を避けながら、湯花浮かぶ湯を楽しむ
隣の家はこの浴場を管理している管理人のお宅だそうで、料金はこちらで支払う。
料金はひとり300円。なんてお手頃な価格だろうか。
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暖簾をくぐって中に入るいきなりそこは更衣室だ。靴を脱いで部屋へと上がる。
設備は非常に簡素なもので、衣服をまとめるかごもない。私物は場所を占有したりしないようにコンパクトにまとめておくのがよさそうだ。
![](https://assets.st-note.com/img/1689312550538-a6swkx71Pe.jpg?width=1200)
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壁には営業時間や料金表、回数券の案内が掲載されている。
結構夜までやってくれているのは、地元民や訪れた温泉客にも嬉しいポイントだ。
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![](https://assets.st-note.com/img/1689312748618-JQ2C9AZ8Oo.jpg?width=1200)
温泉の成分表もあった。これを見るのが、温泉を訪れたときの私の小さな趣味だったりする。
衣服を脱いで、では浴室へ。扉を開け、中へと入る。
![](https://assets.st-note.com/img/1689312066770-XD6novAdmF.jpg?width=1200)
シャワーがいくつか備え付けてあるが、石鹸の備え付けはない。
使いたいな持参しないといけないようだ。
室内には仕切りで2つに分けられた浴槽に温泉が注がれており、片方に注がれた湯が仕切りからあふれてもう一方の浴槽へと流れ込んでいる。
入り口近くには水風呂もあり、火照った体をそこで冷やすこともできる。これで湯から出たり入ったりしながら長風呂を楽しめそうだ。
体を流して、湯の中へ、少し深めの湯船に、私は首まで浸かった。
![](https://assets.st-note.com/img/1689312317564-36ECubtPBF.jpg?width=1200)
湯は少し熱め位の温度だ。湯の色が無色透明で、匂いは特に無く、湯の中には小さな白い湯花が湯の動きによって湯の中を舞っている。
泉質は単純硫黄泉。これほど海に近いのに塩化物系のいわゆるしょっぱい温泉ではないのはちょっと珍しいように思う。
温泉はパイプを通じて豊富に注ぎ込まれており、その勢いはなかなかのものだ。ここは自噴温泉らしいから噴き出す湯は源泉かけ流しだ。
パイプには高さがあるので、パイプの下に行けば打たせ湯のように湯を浴びることができる。
肩まで浸かっているとやがて体が熱くなる。そうなったらいったん湯から上がり、水風呂に体を付けてみる。
水はめちゃくちゃ冷たいわけではない。キンキンな冷たさが好みなら少し物足らないかもだが、冷たさの苦手な私にはむしろ優しい冷たさで嬉しい。
たまたま私が訪れたときには初め人が誰もおらず、浴槽に手足を存分に伸ばして湯を堪能することができた。
しばらくすると地元民であろう人がポツポツと入ってきて、私の独り占めタイム終了となってしまった。寂しくもあるが、私がここにお邪魔をさせてもらっているのだ、地元民の方々が優先である。
「旅の人ですか?」
「ええ、温泉が好きでしてこちらにお邪魔させてもらいました」
しかし地元の方が来られたのならそれはそれで別の楽しみがある。
ちょっとした会話を交えての裸の付き合い。これが公衆浴場の醍醐味だ。
十分に湯を楽しんで、湯から出る。
体は湯の熱を十分に吸って火照り、このまま服はさすがに着られない。
備え付けの扇風機を付けて体を冷ます。
と、窓の外で雨音がにわかに大きくなったのを耳にする。外を見てみると、非常に大粒な雨が降り出していた。
巨大なシャワーが空から水を落としているかのような猛烈な雨はあっという間に浴場正面の土地を湖にしてしまい、遠くではゴロゴロと雷が鳴りだしていた。
これはひどいな。外に出られない。
傘なんて差しても意味のない雨の勢いだ。少し、ここで雨宿りをさせてもらうしかなさそうだ。
大荒れの外を、雨の当たらない室内に置かれた木製の長椅子に座り眺める。
どうしてか、安全圏から荒れ模様の野外を見るのは例えようのない心地よさがある気がして私はかなり好みだ。
帰りのバスにはまだ少し時間がある。いまここから外に出ても何の意味もなく、ただ全身をびしょぬれにしてしまうだけ。
温泉は十分に堪能させてもらったけれども、しかし、この状況では浴場から出るのは得策ではない。
ならば、取る選択肢は一つだな。
私はまた、着ている衣服に手をかける。
もうひとっぷろくらい入りなおしても罰は当たらないだろう。
雨足が弱まることを祈りつつ、私はもう少し、料金の300円をこれでもかと有効活用させてもらうことにしたのだった。
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