【ゆのたび。】 13:鹿児島温泉旅⑦ 砂蒸し会館 砂楽 ~今も昔も、人はここに砂に埋まる!~
少し思い出話をしよう。
初めて指宿を訪れた日は夜だった。
指宿駅に降りた私は、目的の施設が駅から結構離れていることに少々驚いた記憶がある。
というのも、私はすぐにでも砂に埋まれると期待して電車を降りたのであって、そこから随分と歩かされるとは考えていなかったのだ。
駅からその場所までは約1.5キロほど離れている。タクシーを使えば早いのだろうが、それは使いたくなかった私は歩いてそこまで向かったのだ。
あのときは秋の中頃だっただろうか。夏の盛りは過ぎてはいたけれど、残暑で夜はジメッと暑く、歩く中で着ていた衣服が汗で湿っていく感覚を私は今でも覚えている。
今回はレンタカーがある。車は良い、素早く、快適に移動ができる。
汗をかきながら「まだ着かないのか」と歩いていたあのときと同じ道を車でスピーディーに走りながら、私はまた、そこを訪れた。
今回は友人とともにだ。友人は初めての砂蒸しである。
『砂蒸し会館 砂楽』よ、また来てしまったよ。
もはや君とはちょっとした顔なじみだね。
温泉が好きだ。
そういう意味では、この国は随分と恵まれている。
源泉数や湧出量もさることながら、温泉を愛する文化が社会に根付いているというのは実に素晴らしいことに思う。
この国は火山の国だ。世界にある活火山の1割がこの国にある。
火山は様々な災害をもたらす。しかし同時に、同じかそれ以上の恵みを私たちに与えてくれる。
温泉の多くは火山のたまものだ。そのため、火山の近くでは豊富に温泉が湧く。
桜島を始め名のある活火山を有する鹿児島は、それゆえ数多くの湯が湧いているのだ。
温泉が好きだ。
だからこそ、私は鹿児島を訪れた。
今日も湯を求めて、である。
砂蒸し会館 砂楽
おそらく指宿に来る観光客のほとんどは砂に埋まりに来るのが目的のはずだ。
指宿は地熱が非常に豊かな土地であり、その特徴が最も特徴的に表れているのが砂浜だ。
地熱の影響で砂浜は高い温度で常に温められており、少し掘っただけでそこはやけどしそうなくらいに熱くなる。
砂浜から地熱によって湯気が立ち上っている姿は、他の地域ではまず見ることのできない非常に不思議な光景だ。
その熱々の砂に、全身で埋まってしまおうというのが指宿名物の砂蒸し温泉である。
いったい誰がこんな利用方法を考えたのか、この温泉の歴史はかなり古い。昔から多くの人々に愛されてきた温泉なのだ。
階段を上って、建物へと入る。支払いをしてから階段を下りて砂蒸しエリアに向かう不思議な形をしている建物だ。
料金はおとな1100円。ちょっと高めなお値段だ。
しかしその値段の意味は、砂蒸しを体験すればなんとなく分かってくる。
受付では浴衣が渡される。これは砂蒸しの際に裸の上から身に着けるもので、浴衣を着た状態で砂の上に寝そべりその上から砂を被せられるのだ。
更衣室で服を脱ぎ、浴衣を着て順路を進む。順路は分かりやすく記してくれているので迷うことはない。
このとき、ハンドタオルを忘れずに持っていく。レンタルでも借りられるが、持参してもいい。後でタオルを使うことになるのだ。
サンダルを借りて(雨のときは傘も借りれる)外へと出る。そのまま砂浜に降りる階段を降りると、その先に屋根付きの砂蒸しエリアがある。
「そこにあおむけで寝そべってください」
案内を受けて定位置に。持ってきたタオルをスタッフに預けると、それを頭に巻かれる。砂が髪に付かないようにするためだろう。
その後、スタッフから熱々の砂が体の上にたっぷりとかけられる。頭以外は完全に砂の下になり、軽い生き埋め状態だ。
この状態で、約10分くらい砂蒸しすることになる。
「時間になったら好きなタイミングで出てくださいね」
そうスタッフさんは言う。熱くなったら勝手に出ていいのだ。
最初砂蒸しを体験したとき、「あれ、そんなに熱くないぞ」と余裕をかました記憶がある。これなら10分といわずもっと長風呂できそうだぞ、と。
だが、なんで10分という短い時間なのか私は8分後に実感することになった。
いや、熱い。めちゃくちゃ熱い。
お湯と違って重みのある砂で押さえつけられながら体を温められるからか、体が猛烈に温まってくるのだ。
最期の2分が辛いのなんので……せっかく訪れた意地でその2分を耐え、10分になった瞬間に砂から飛び出した当時を思い出して私はひそかに笑った。
隣の友人は耐えられるだろうか? 埋まっているので首が動かせず、有事の様子はうかがい知れない。
いずれにしても、楽しんでいるならいいのだが。
砂の後は湯でさらにひとっぷろ
砂蒸しの後はさらに普通の温泉にも入ることができる。
浴衣を脱ぎ、体に付いた砂をかけ湯で流し、浴室へ向かうのだ。
1人に1枚、必ず砂まみれの浴衣が出る。ここは人気の施設だから、日々大量の浴衣が出る。
それを毎日すべて洗濯し、きれいに畳んで再びお客に提供している。しかも砂で施設は汚れやすいし、そのお掃除も大変だ。
値段設定は、それらの手間暇も加えてのものなのだろう。
私たちが砂蒸しを楽しむために必要な料金ということである。
さて、体をきれいにしたら指宿の湯に浸かろう。
湯は少々茶色がかった透明の湯で、少々熱めだ。砂蒸しで十分に温まった体には、なかなかに追い打ちな温度である。
だが、それはそれとして湯に体を浸かるのは心地よいので肩まで浸かってしまう。ああ、これは相変わらずいい湯だ。
この温泉は地下深くにたまった古代の海水なのではないかと言われる神秘の湯で、豊富な成分を含む温泉だ。
なんだかロマンのある湯である。
そしてそのロマンは地学的だけでなく、歴史的にもロマンがある。
かつて薩摩藩を支えた多くの偉人たちも、この湯に浸かって日々の疲れを癒したという。
私たちも知っているような歴史上の偉人も、私と同じようにこの湯を楽しんだのだ。
そう考えると、湯と砂を通じて時を超えたつながりがあるような気がしてなんだかおもしろい。
友人もずいぶんと楽しめたようで、満足そうな顔をしていた。
過去の人々も、風呂上りにこういう表情をしていたのだろうか。偉人だろうと何だろうと、同じように。
砂蒸しは指宿でしかできない体験だ。鹿児島に来たときは可能な限り訪れたい場所の一つだ。
また誰かと鹿児島に来たなら、またここに訪れたいものである。
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