私は菰田さんが怖い。

とある名前(名字や下の名前)を聞いたり、とある状況に遭遇したりした時、特定の誰かを思い出すという経験は誰しもあるんじゃないか。
自分の中に、いい記憶として残っていれば、例えば同名の人と会った時、ちょっと親近感が湧く。そうでなければ、なんとなく好きになれない、など。とある状況が立ち現れた時、似たような状況で幸せだったか不幸だったか、過去の記憶が呼び起こされ、目の前の状況を心地よく感じたり不快に思ったり。
短い期間しか付き合わなかったけど、急にへそピアスを開けてきて披露し、私が派手な女の子への抵抗をなくすきっかけをくれたN。聴く音楽の幅を広げてくれたC。リンパマッサージが巧くて癒されたM。素敵な年上の女性だったAやY。最初に挙げたNちゃんと同じ名前の男の子がいきつけの雀荘にいるんだが、やっぱり妙な親近感を持ってしまう。
逆に、私を騙そうとし、女性不信のきっかけを作ったM。なぜか3日でフラれ、私の中で「クーリングオフ女」となってしまったM(Mちゃんごめんね)など、苦い思い出のある女性の名前には身構えてしまう。

これは、私が珍名収集家を自称しているから、より人の名前に関心と興味を持ち、敬意を払っているからだけなのかもしれないが。新しい人に出会うと、まずは名前を観察し、自分の引き出しと参照する作業を無意識にしているのかもしれない。

で、冒頭の話である。「菰田」。読めるだろうか。「こもだ」と読む。初めてこの名前に出会ったのは、おそらく中学生くらいの時だろうか。貴志祐介さんのホラー小説「黒い家」に、その人物は出てきたのである。
当時初めて聞いた苗字であり、「狐」という字に似ている字体から、なんとなく不気味な印象を持った私の負の感情は、作中に出てくる「菰田夫妻」の描写により、次第に増幅されていった。今読んだら、そんなに恐ろしいとは思わないのかもしれないが、当時、まだいたいけな少年だった私は、その冷たく暗い、井戸の水底に浸かっているような世界に戦慄ながらページを繰っていたのをよく憶えている。
ネタバレになってしまうから、核心に言及することは避けるが、読後10年以上を経ても、「菰田」という苗字に対するひやりとする印象は拭えないでいる。現実に菰田さんという知り合いがいないからではあるが、いつか、底抜けに明るく、おちゃめな「菰田」という友人の出現により、印象がプラスに転じることを切望している。

そういえば、同じようなケースで「角田」という苗字も怖い。日本犯罪史上に残る陰惨な事件の首謀者で、勾留施設で自死した角田美代子(すみだ・みよこ)という女性の苗字だからだ。「尼崎事件」と云えばピンとくる方もいるだろう。私が兵庫県のNHK神戸放送局で勤務している時に発覚した事件で、岡山県備前市の海に遺棄されていた男性の遺体を兵庫県警が捜索した際、現場で捜索を見守ったのが、当時姫路支局にいた私だった。当時、警察担当ではなかったから、直接事件を取材する機会は少なかったが、サツ(=警察)担当の記者から話を聞くにつけ、人間はこれほどまでに残虐になれるのか、と何度も頭を抱えた。残虐な事件があると、「鬼畜の所業」と形容されることが多いが、そんな言葉が生ぬるいと感じるほどのものだった。
だから、「角田」さんや「美代子」さんには本当に申し訳ないが、私の中にはなかなかのパワーワードとして記憶されているのである。
就活の時に大変お世話になり、そのキャラクターもとっても魅力的で素敵だった男性で「角田」さんという方がいるのだが、私の中で、残念ながら印象をプラスに転じてくれるには貢献していない。


だってこの人は、「つのだ」さんなんだもん。

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