カナダ・バンクーバー バリスタワーホリ体験談 ①え、なんで30歳でワーホリ??

*この記事は語学学校もエージェントも使わずにローカルカフェのバリスタとしてフルタイムの職を得た人間の話を、細かくわけて書いた記事です。
ワーホリ全体はこちらをご覧ください。

さてさて
前回の記事でも触れているけど、今自分はワーホリとしてカナダ・バンクーバーにいる。こんな状況下だと英語やらコーヒーのことやら人間関係やら、働いていれば受動的にインプット出来てきていたのに完全に能動的に取りに行かないと難しい。ワーホリに来た理由の一つにもなるが、自分は極度のめんどくさがりなのでこれが自分には結構しんどい。
自分はどういう情報が今必要でどこに取りに行ってそれをどうインプットしてじゃあそれをどう自分の中で噛み砕いてそれにはどのくらい時間かかってああ風呂入んなきゃ飯食わなきゃどうぶつの森したいけどインプッ

めんどい。

でも今だからできることあるよな、って考えた。

今までインプットしてきた情報や経験をアウトプットすればいいのでは。。。??

アウトプットすることによってインプットされた情報が整理できて理解が深まると聞いたことがある。ってことでまずは自分のワーホリ体験をアウトプットしていこうと思う。

今からワーホリ考えている方
行こうかどうか悩んでいる方
実際ワーホリってどんな感じなのか悩んでいる方
今ご家族や知人が行っていて実際どんな生活なのか気になる方

よかったら読んでみてください。
大まかにはhttps://bokurano-vancouver.com/work/step-up-without-shool/に別記事として書いてありますが、ここではより自分の考えや気持ちにもフォーカスして書いていこうと思います。

①え、なんで30歳でワーホリ?

初めての記事では、どんな事件や行動についても、起きたときにまず人が気にするトピックから始めよう。そう、動機から。


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2014年初めて自宅でトライしたラテアート

・脱サラバリスタ

明確に30歳でのワーホリを決めたのは2014年の春のことだったのだけど、それには少し昔話をしなければならない。時を戻そう。

2012年に大学を卒業し、新卒として某日本唯一のコングロマリット企業に入社した。当時23歳。若ぇ。

授業全て英語の大学卒業、ドイツへの留学、TOEIC900点取得、そしてそれを経ての有名企業への就職。勤務地は東京・丸ノ内。当時の人事・採用の方からの期待も感じていたし、少し調子乗っていたと思う。

それでもちょうど東日本大震災が起きた直後の就職だったので『自分の語学力や経験、コミュニケーション能力を活かして、強力なインフラ構築ができる企業でのバックオフィスから技術者たちをサポートしたい』、そんな強い気持ちを持って入社を決めたことを覚えている。

配属は本社総務部。会社によっては総務部の役割は少しずつ違うが、いわゆる何でも屋さんだ。会社に存在する職種、営業・人事・法務・財務etc...そのどれにも属さない仕事ってのが会社には存在する。この業務を拾って各部署や各関係会社に繋げたり又は自分たちで解決したりするのが業務内容。

自分はこの部署で2年半を過ごさせてもらった。途中適応障害で休職なども経験したし人生でもかなり辛い経験だった。

なにより大学で学んだ自分のスキルが活かせない。英語なんてほとんど使わないしコミュニケーション能力よりも資料作成能力や社内での経験・人間関係が必要で、それがないと対応が難しい。歴史ある企業だけにそういう色がとても強く、特に総務という職種はその企業の中でも特殊な色があった。しんどかった。

そんなときに大学時代バイトしていた、某チョコクロがおいしいカフェチェーンの元店長がカナダ・バンクーバーでバリスタとして働いているということをFacebookで知り、日本に一時帰国しているときに話を聞いた。

とても魅力的だった。

手に職をつけ、英語を使って仕事をし、海外で生活している。めっちゃカッコいい。
2ヶ月後には退職願を提出していた。

この令和の時代でも、『3年は我慢しろ』この言葉に囚われている方はまだ多いと思う。

いや、もったいないわ。
やりたいこと、やってみたいことがあればすぐにでもその道に進むことをオススメする。

自論ですが、『これをやってみたい。この仕事をしてみたい。』というポジティブな理由があるのならすぐにでも辞めるべきですが、『ここから逃げたい』というネガティブな理由だけだと転職先でも結構困ると思います。

でも劣悪な就業環境なところは今すぐ辞めてください。

当時の自分はその方の話に加え、
・コーヒーが好きだったこと
・当時日本でもサードウェーブコーヒーが流行り始め、バリスタという言葉が浸透し始めていたこと
・お客さんの反応がダイレクトに見られる職業につきたいという想い
・手に職をつけたいという想い
・コーヒーのスキルを高めて海外のバリスタと語り合えたらかっこよくね?というミーハーな心
これらの理由から当時25歳の自分はバリスタの道を歩むことを決めた。

それと同時に5年修行して、きっかけになったバンクーバーにワーホリに行こう。ということも決めた。

飽き性の自分は今まで5年以上続けた部活とか習い事とかなかったし、そんな自分がもし5年続けられたらそれは自分にとって飽きのこない仕事になるはず。

きっと新卒でバリスタになっていても途中で挫折していたと思う。
新卒で入った企業でしんどいことを経験したからこそ自分のやりたいこと苦手なことがわかったし、何より大企業を辞めたという事実があるから腹くくってやるしかねーと思えた。

そしてこのゴールがあるからこそ30歳のワーホリだとしても怖くなかった。だって自分の立てた目標に突き進んでいるんだから。

そうだな…わたしは「結果」だけを求めてはいない
「結果」だけを求めていると人は近道をしたがるものだ…近道をしたとき真実を見失うかもしれない やる気もしだいに失せていく
大切なのは「真実に向かおうとする意思」だと思っている
向かおうとする意思さえあれば たとえ今回犯人が逃げたとしても いつかはたどり着くだろう?
向かっているわけだからな……違うかい?

ジョジョの奇妙な冒険 第5部 警官の言葉

結果がどうであれ、その目標向かうということが大事だという考えでバリスタの道を歩み始めた。

動機はこんなところだと思う。正直そこまで志は高くないけど、一歩踏み出すには十分だった。


次はワーホリ準備についての記事を書いていこう。



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