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日常の短篇集②

美味しいアップルパイを求めて

 突然、無性にアップルパイを食べたくなる。りんごの果肉が多めで、できればカスタードクリームが入っているものがいい。温かくして食べるのも、冷たいまま食べるのでもいい。店で食べるなら、バニラアイスが添えられていたりすると凄く嬉しい。そうなると居ても立ってもいられない。ベットから飛び起き、スマホに入っている食べログのアプリを開く。表参道に良さげな店を見つけるも、電車に乗ってまで食べたいわけではなかったから、自転車で行ける距離の店を探す。すると、神田に近江屋洋菓子店という食べログで3.69の店を見つけた。そうなったら行くしかないとGoogleマップで経路をシミュレートし、早速自転車のペダルを漕ぎ始めた。若干迷いながらも神田周辺にたどり着く。この辺りは夏から秋にかけて散々自転車でウロウロしているし、昔から定期的に来ていたエリアなのでそう迷うことはなかった。断然キャッシュレス派で、数百円程度しか現金を持ち歩いていないので、念のためと近くの銀行へ現金を下ろしに行った。銀行に向かう際に店の前を通り過ぎると無数の人が若干薄暗い店内に列を成しているのが見えた。なんか並ぶの嫌だなぁと思いながらも現金を下ろし、近くに自転車を駐めて店へと向かう。再度、改めて店内を見るとやはり”おばさま方”がパン屋によくある、プレートにトングを持ち、幾つかのパンのようなものを載っけている。なんとなく、もうアップルパイはなくなっていた気がして、あたかもその店には用がなかったかのように素通りする。かと言って、その方向に足を進めたとて自転車との距離が離れるだけだが、少し歩いてみることにした。すると辺りが見慣れた光景に変わった。大晦日に家族で年越しそばを食べに来ていた、「神田まつや」に遭遇した。既に昼の時間を迎えていたし、このまま戦利品なしで帰るのは気が引けたので店に入る。特に何を食べたかったわけでもないが、なんとなくご飯ものが食べたかったので、海老天丼を注文しようとする。しかしこの店が現金のみであること、所持金が2000円ちょっとであったことを思い出し、慌てて注文をやめ、親子丼を頼んだ。ちょうどこの日の朝、ネットニュースで中居正広が親子丼を食べないという話を読んだからだろう。
 特に親子丼は感動するものではなかった。中目黒で催された謎の飲み会で若干食べた親子丼の味を脳が覚えていた。なんとなく口さみしく、帰りがけにスタバでカプチーノにエスプレッソショットを追加したものを注文する。工事中で走りにくい対面一車線道路を走っていると、歩道の縁石を乗り越えられず転倒、せっかくのカプチーノをぶちまけた。その直前、急に止まったしっかりと車高が高いトラックに苛立っていた。
 あの時糖分をしっかり脳に送り込んでいたら…ここまで落ち着きを失うことはなかったのかもしれない。

成功をおさめる

 僕は今、職を探している。と言ってもドジやってバイト先をクビになったわけではないし、辞めたわけでもない。単純に、緊急事態宣言の煽りを食らってシフトが驚くほど減ったので職探しをしている(執筆時点)。とは言え、一時的なものではなく、大学卒業するくらいまで働ける場所が良かったので本屋を第一希望に求人サイトを漁る。そろそろ4年生が卒業するシーズンなので求人が定期的に出てくる。しかし、特に本屋は利益率が低く、2割から3割と言われている。さらに今やライバルは書店ではなくamazonで、緊急事態宣言なんかが出てしまうとその足並みは軒並み減る(大型書店の場合。街の書店は増えたとも。)。なので去年から人を採用せずにやっている店も多い。そういう状況でも採用をしようとしている店を見つけては足を運ぶ。今回は港区は田町が舞台だった。あそこのエリアはどうも分からない。”芝浦”工業大学があるかと思えば、慶應大”三田”キャンパスもあるし、東工大”田町”キャンパスもある。要するに呼び名が多い。田町駅を芝浦側へ渡り、すぐ目の前にある商業施設に入る。露骨に店舗内装が手抜きの某緑と青のコンビニチェーンを横目にエスカレーターを昇り店へ入る。ジャンルの構成や、棚作り、ポップなど目に入る全ての情報を収集した後に満を持して店員に話しかける。通常であれば簡単なヒアリングシートを記入して面接だが、どういうことだか筆記試験が課せられた。知っている出版社名、知っている雑誌名をできるだけ書く、最近のベストセラー、お気に入りの本とその理由。本好きに絞っているのが分かる。順調に埋めていくと、2ページ目は国語の問題だった。漢字の送り仮名、穴埋め。ここに来て問題が浮上した。

成功を【おさ】める

この漢字がどうしても思い浮かばなかった。納めるではないし、治めるでもない。どうしてもこの、おさめるだけが思い出せなかった。どうにか、自信なさげに収めると書いて見ると後に合っていた事が分かった。どうもスッキリしないまま面接が終わり、合否がわかる目安の1週間を過ぎてもその店から電話が来ることはなかった。せっかく成功を収めるを思い出したのに、自分自身は収めることができなかった。

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