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大和なでしこ? 後にも先にもそう呼ばれたことはない
私がまだ二十代、長年の待望であったヨーロッパ旅行の真っ最中の時のことです。
私はドイツの友人のところに数日滞在させてもらっていました。デユッセルドルフの近くの町、ミュンセングラッドバッハというところでした。
ある日、朝、早々に友人夫婦は仕事に出かけ、彼らの娘は学校に行き不在、家の中にはぽつんと私だけが残されていました。
「お昼ご飯は12時半になったら、お隣のお宅で食べてね」と友人に言われていました。いつの間にそんな手はずになっていたのか、そんなことを考えることもありませんでした。言葉のままに時間が来ると、私はお隣の家に向かいました。
ピンポン!
どう思われたか想像もつきません。のほほんとした田舎娘が立っているぞ、だったでしょうか。見ず知らずの初対面のお隣さんでした。私は単に怖いもの知らずだったのでしょうか。若いって順応しやすい。私がもう昔ながらの日本人でなくなっていたのは確かです。遠慮が全くない子になっていました。恥ずかしがり屋の引っ込み思案の子なんて、もうどこにもいませんでした。私の学生時代の知人は私のことを別人だと思うに違いない、そんな私がそこにはいたのです。
言われるままに家に入り、食卓に座り、出された魚のフライを私は美味しくいただいたのでした。
あれはニシンだったのでしょうか。久しぶりのフライ料理でした。日本料理のフライと同じ味がしました。ばりばり、骨まで食べてしまいました。
サラダとか他にもあったのでしょうが、全く記憶に残っていないのです。理由があるのです。食事が終わった後の印象が強すぎて、ほかのことは飛んでしまった感があるのです。
視野の中に赤いものがあったのがかすかに記憶にある・・・ということは、トマトサラダがあったのでしょう。
なんという気持ちのいい食べ方、お客なんだ。自分でそう思っていた・・・。お皿に並んでいた三尾をすべてお腹の中に納めてしまった。甘露!甘露!
「すごく美味しかったよ」
お隣さんは英語がほとんど喋れませんでした。そして、私はドイツ語が分からない。だが、おいしいという言葉、goodは口にすると、英語もドイツ語も同じように聞こえてくる。
「Good!」
私は最上級のにこにこ顔、大きな声でそう言っていました。
私が「ごちそうさま」をしたちょうどその時、その家の息子が帰ってきました。昼食のために。そこでロマンスの花が咲いたら良かった・・・。いや、そんな大食漢の”なでしこ”はいらないと思われた?
「えぇー?」
「うん?」
私は息子さんの魚は無論のこと、その家のおばさんの分も平らげてしまっていたのでした。
食卓に三尾の魚がのったとき、全ては私のために供されたものだと思いました。それって誰でも思うのではないでしょうか?いや、それは単に日本的な考えなのでしょうか?それとも私だけの考え?私は彼らに大きなカルチャーショックをもたらした?
夕方、友人夫婦が帰宅してからというもの、その近所一帯は私がしでかしたことの話題でもちきりとなったようです。私は大食漢の日本の小さな女の子ということになった!もう遠慮がちな大和なでしこ、などという存在は、私を通しては毛頭理解はしてもらえなかったでしょう。
冒頭の花はなでしこです。「大和なでしこ」というタイトルにぴったりなイラストを見つけようとしたのですが、やまと絵の他はなでしこの花しかありませんでした。
してみると”やまとなでしこ”は絵となるようなものはない、現在ではそんな女性はいないということでしょうか?
結婚前、私のことを”昭和の掘り出し物”といった人もいたんだけどなあ・・・まあ、いずれにしても、今じゃあ、見る影もないわ。
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