ココ・シャネルは本当に「香水をつけない女性に未来はない」と言ったか
香水をつけない女性に未来はない
というココ・シャネルの言葉を聞いたことがあるだろうか。なかなか思い切っている。
実際にココ・シャネルはどの場面でこの言葉を発したのか?とふと疑問に思い軽く調べてみたところ、面白いことがわかったので今日はそれについて書こうと思う。
まずは「香水をつけない女性に未来はない」の原文を探してみると、
Une femme qui ne se parfume pas n'a pas d'avenir.
というのが一番最初に出てきた。日本語の訳と全く同じ意味だ。また、他にも、
Une femme sans parfum est une femme sans avenir.
というものなんかもあった。これも同様の意味だ。
このように、意味は同じだが文章としては異なるものが複数出てくるということは、このフレーズはココ・シャネルがどこかに記述したものではなく、誰かがココ・シャネルから聞いたものが現在まで伝わっている考えるべきであろう。
とここで、気になるものを見つけた。"12 couturières qui ont changé l'Histoire(「歴史を変えた12人の女性デザイナー」)" (Meyer-Stabley Bertrand)という本の中に、ココ・シャネルの言葉として、
Paul Valéry disait: « Une femme mal parfumée n’a pas d’avenir. »
とあるのだ。直訳すると、
「ポール・ヴァレリーは、「香水の使い方が下手な女性に未来はない」と言っていた」
となる。
これはちょっと話が変わってくる。まずは、この言葉はココ・シャネルによって考えられたとなっているが、オリジナルは詩人のポール・ヴァレリーであるということだ(残念ながら、彼がどこでこの言葉を発したのかを見つけることはできなかった)。
また、「香水を使わない」とは言っておらず、「使い方が下手」という言い方をしている。ここでいう「下手」、フランス語だとmalの部分だが、つまりはつけ過ぎだったり、自分に合っていない香りを選んでいるということだろう。
なお、malが「不十分に」という意味で使われている可能性があると思い、周りのフランス人に聞いてみたが、この文脈だと、「使い方が下手」という方が解釈として正しいということだった。
この本によりこの言葉がどこで語られたのかが明らかになった。1966年7月28日にJo Barryというジャーナリストがココ・シャネルに対して行った、スイスの週刊誌“L'Illustré”のためのインタビューでのことだった。
Quel rôle joue le parfum chez la femme ?(女性にとって香水はどのような役割を持つか?)という質問に対するココ・シャネルの回答をここに引用する。
Les parfums sont ce qu’il y a de plus important pour la femme. On vit beaucoup avec son odorat. Je pense que le parfum, c’est le luxe. Même très léger, un petit parfum de rien du tout, mais bien choisi, c’est important. Paul Valéry disait: « Une femme mal parfumée n’a pas d’avenir. » Et il avait parfaitement raison. Une femme mal parfumée, c’est ridicule. Et une femme non parfumée est une prétention, car elle croit que son parfum naturel peut séduire. Un peu de « sent bon », comme je disais quand j’était petite, c’est tellement plus agréable.
(訳)
香水は女性にとってとびきり大切なものです。私たちはその香りとともに長い時間を過ごします。私は香水は、贅沢だと思います。ほんの少し、つけているかつけていないかわからないくらい、でもきちんと選ばれたものである、ということが大切なのです。ポール・ヴァレリーは「香水の使い方が下手な女性に未来はない」と言っていました。彼がそう言ったのももっともなことです。香水の使い方が下手な女性、それは呆れたものです。そして、香水を使わない女性は思い上がりです。なぜならば彼女は彼女の体臭が魅惑的だと思っているのですから。私が小さい頃に言っていたような、少しの「いい匂い」は、とても心地が良いのです。
つまり、ココ・シャネルは、香水はセンスの良いものを少量を使うべし、と言っている。使い方が下手だったり全く使わないのはダメだ、ということだ。なぜそれが「香水を付けない女性〜」となったかというと、このインタビューを要約して、よりキャッチーな1つのフレーズを作った、というのが実際のところだろう。
さて、香水を使うべきかどうかという問題はさておき、ココ・シャネルが指摘している、「下手な使い方」、つまり、自分に合っていない香水を使うことや、使い過ぎてしまうことを避けるにはどうしたら良いのだろうか?
自分に合う香水の選び方については、以前書いたこちらの記事を参考にしてもらうとして、香水の上手な付け方は意外に難しい。まずは香水ごとにだいぶ違ってくるということを認識いただきたい。ちなみに、その際に、オードトワレ、オードパルファム等の呼称はほぼ役に立たない。個々の香水で全く変わってくる。
香水の使い方に決まりはないので、正しい使い方、間違った使い方というのはないが、身体の中心につけるのは避けよ、ということは守った方が良さそうだ。香りが常に自分の鼻の部分に上ってくるので、すぐに嗅覚が疲れてしまう。ただしこれも、身体の中心につけることを逆に推奨している人もいることを念のため付記しておく。
私は手首やお腹よりも首筋につけるのが好きだが、これは自分に合った場所を試行錯誤で見つけるのが良いと思う。服につけるのも良いが、着色されている香水も多いので注意が必要だ。
香水の“適量”についてはさらに難しく、香水により、1プッシュで十分強く香るものから、10プッシュ付けても大丈夫なものまで様々ある。もし付け過ぎが気になるようなら、素肌が外に出ている手首や首筋は左右それぞれ1プッシュずつに止めるのが良いだろう。お腹につける場合は2〜3プッシュずつでも問題ない。基本的には香水を使うことが日常となっている西欧文化に向けて作られた商品だから、少し控えめくらいが我々にはちょうど良い。
個人的に、私が一番避けるべきだと密かに思っているのは、「付け直し」だ。付け直しは想像以上に難しい。私は付け直すとだいたい気分が悪くなるので、基本的にはやらないようにしているし、もしどうしても付け直したいと思った時はシャワーを浴びるようにしている。よって、アトマイザーは一つも持っていない。
これは仮説なのだが、同じ場所に付け直すと、その部分に残っている香料のせいで、調香のラストノートの部分が強調されることにより香水のバランスが崩れるのではないか、と考えている。なので、もし付け直すにしても、違う部分に付けた方が良いのかもしれない。
だいぶ長くなってしまったが、まとめると、ココ・シャネルは「香水くらいちゃんと付けなさい」と言うが、それはそんなに簡単なことじゃないから、試行錯誤してみてね、個人的には串カツと同様に二度漬け禁止でやらしてもらってます、と言うことだ。
「香水をつけない女性に未来はない」と言う言葉を引き合いに出して、「天下のココ・シャネル様もこう言っているんだから」と、香水を使うことを正当化(あるいは使わないことを弾劾)しているのを幾度か目にしたことがある。香水を作る身として、香水は必ず使わなければならないか、といいうと、別にそんなことはないように思う。ただ、ココ・シャネルが最後に言っているように、ほんの少しの「いい匂い」はとても心地よい。もし私の香りが、そんな心地よさを使う人に提供できるならば、そんなに嬉しいことはない。
名言は得てして独り歩きして本来の意図から離れたところに行ってしまいがちだ。たまにはそれがどのような文脈で発せられたか、と言うことを調べてみると、新たな発見があって面白いのではないだろうか。