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なぜフランス香水マーケットは難しいのか 〜ある香水クリエーターの悩み〜

ある有名ブランドの香水部門ディレクターを長く勤めていた人に、私の香水を紹介する機会があった。ありがたいことに、香りに関して非常に高い評価をいただいた。とても励みになる。

その後、様々なアドバイスをいただき、大変貴重な時間となった。

中でも、フランスマーケットについての彼とのディスカッションが大変面白かったので、今日はそれについて書こうと思う。

以前もどこかで書いた気がするが、フランスのニッチブランドクリエーターと意見交換をすると、「フランスは難しいマーケットだ」という話に必ずなる。フランスには星の数ほどのニッチフレグランスブランドがあるが、ニッチフレグランスマーケットそのものは大きいとは言えない。消費量という観点で見ると、マーケットはイタリアの方が大きく、ヨーロッパではその次にくる国はドイツだろう。フランスはニッチフレグランスに限っては、3番手くらいの印象だ。
確かにフランスは、香水の消費量という観点においては大きなマーケットである。しかしながら、フランスは同時に、ChanelやDiorを生んだ国でもあるため、保守的なフランス人消費者は、やはり大きなブランドの香水を買う傾向にある。それが原因でフランスのニッチフレグランスマーケットは大きくなれなかった、というのが私の考えであった。

もちろん、その側面もある、と彼は認めながら、それとは別に、フランスがこのようにニッチフレグランスブランドにとって“難しい”マーケットになってしまったのは、香水チェーンが大きくなりすぎたことが背景にある、という主旨のことを語ってくれた。

フランス人に香水をどこで買うかと聞けば、多くの人が“Sephora”(セフォラ)という名前を挙げる。LVMHグループ傘下の香水及び化粧品のチェーン店である。また、それ以外にも、Nocibé(ノシべ)やMarionnard(マリオノー)という大手の香水・化粧品チェーン(以下「香水チェーン」)がある。

こういった香水チェーンは、イタリアやドイツではあまり見かけない。ドイツにはDouglas(ドグラス)という香水チェーンがあるが、売上ベースでは香水マーケット全体においてそこまで大きな割合を占めているわけではないそうだ。

なぜフランスではSephora等の香水チェーンがここまで大きくなったのか。

彼曰く、これら香水チェーンは、あるタイミングで、“マス・マーケット”出身者を積極的に採用したそうだ。Sephoraはある大手スーパーマーケットのディレクターを採用し、マス・マーケットの原理を取り入れたらしい。他の香水チェーンも多かれ少なかれそれに近いことをした。

このようにして、これら香水チェーンがフランスでは大きく幅を利かせるようになり、独立した香水屋が立ち行かなくなった。パリを例にあげても、ニッチフレグランスのみを取り扱っている香水屋は数えるほどしかないし、それらにしても、フランス人に向けて面白い提案ができているとは思えない。Jovoyは完全に中東マーケットに向いているし、Noseは取り扱っているブランドの多くがニッチとは呼べないほど大きくなったブランドで、Sens Uniqueのメインの顧客はロシア人だ。地方都市には面白いお店があることはあるが、大きな売上をあげているとは考えられない。

嘘か本当かは定かではないが、フランス人女性の5人に1人がLancômeの“La vie est belle”という香水を使っている(あるいは使ったことがある)らしい。もちろんこれも、香水チェーンが幅をきかせていることの証だろう。

さて、ここまで読んで、どのように思われただろうか?フランスにおいて、ニッチフレグランスの居場所が限られていることを残念に思うだろうか?

私は、1人の香水クリエーターとして、もちろんこの状況を残念に思っている。これだけ素晴らしい香水文化を有して、優れた調香師が数多く存在する国であるにも関わらず、消費行動が極端にマス・マーケット方面に偏っているわけだ。

一方でこうも思う。消費者にとっての幸せとは何なのだろうか、と。

私がブランドを作ろうと思ったきっかけの1つは、今の香水マーケットに「良い香水」が少ないと私個人が感じたことだ。だから私は、あくまで私個人の願望として「良い香水」を作りたいと考えている。
私には、この行いが、消費者の幸せに結びつくものなのかがよくわからない。もしかしたら、ニッチフレグランスが存在しない、大量消費の香水のみの世界の方が、消費者は幸せになれるのかもしれない。有名ブランドの香水は、ニッチフレグランスの香水よりも値段が安く、面白みには若干欠けるがテクニカルにはよく出来ていて(最近のニッチフレグランスのクオリティには正直ガッカリさせられる)、広告宣伝費が大量に投下されているためブランド側が提示した素晴らしいイメージと共に香水を使用することができる。いいことづくめだ。

ニッチフレグランスの香水が有名ブランドのものよりも高い理由は主に2つ。1つは余計なところ(パッケージや奇抜なキャップ等)への出費、もう1つは発注量が少ない事による原価高だ。

それでも、ニッチフレグランスに価値があるとすれば、それは有名ブランドには出来ない面白い提案ができる、という点のみである。それが今日のニッチフレグランスブランドは、それすらも出来ていないように感じる。

私がそれをきちんと出来るのか、と聞かれると、もちろんそれを目指して香水クリエーションをしているが、それが面白い提案かどうかに関しては、私ではなく消費者が判断することだ。もしかしたら全然刺さらない提案をしてしまうかもしれない。それに、消費者がそもそも本当にそういう“面白い提案”を待っているのか、と聞かれると、それもよくわからない。そんなものは本来どうでもいいのかもしれない。

消費者にとっての、“La vie est belle”、「人生は美しい」とは何なのだろうか。消費者にとって、香水とはどうあるべきなのか。私の香水は、消費者の「美しい人生」に貢献できるのか…

私はこれからも、こういったことを、あーでもない、こーでもない、と悩みながら、それと同時に「良い香水」とは何であるかということを考えながら、これからも香水を作り続けていくことだろう。クリエーターとは、悩める生き物なのだ。

なんだか、こんなことばかり考えていると、お腹が減ってしまうねぇ。

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