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暗いバスと死の関連性

新宿から羽田空港に向かうバスは満席だった。朝7時にバスターミナルを出発し、私の家の近くから高速道路に入る。高速道路の入り口あたりでバスに乗り込めれば楽なのだろうが、もちろんそうは問屋が卸さない。それが公共交通機関なのだ。

前日は今回の出張の準備等であまり眠れなかった。それに加えてここ2週間ほどの多忙と連勤で、私は少しグッタリしてしまっていた。どこからか漂ってくる、前日にアルコールをしこたま飲んだ人が放つ独特の体臭も、私にダメージを与え続けていた。

高速道路に入るとすぐに地下道を走る。窓際の席に座っていた私は、窓の外の真っ暗なトンネルの壁を見ていた。それは10年ほど前に、伯母の葬式のためにひとり下関に行った時のことを思い出させた。

元々父が行く予定だったが、どうしても都合がつかず、急遽私が代打で行くことになった。仕事を早退して夜のフライトで山口に向かった。空港からホテル付近まではバスに乗ったのだが、その道中ずっと外が真っ暗だったことを、その時私が感じた恐怖と共によく覚えている。

葬式に出るのはそれがはじめてのことだった。26、27歳くらいのことだったはず。つまり私は、25年以上「死」に触れずに過ごしてきたことになる。父方の祖父母は私が生まれる前に亡くなっていたし、母方の祖母は私が大学在学中に亡くなったが、母と実家との関係がすこぶる悪かったため、私は葬式にさえ行けなかった。祖母にお線香を上げたのはつい2年前のことだった。


10年前の下関で触れた死は、もしかすると昨年亡くなった母の死の衝撃を、ほんの少しだけ和らげてくれたのかもしれない。もし母の死が私が体験するはじめての死だったら、私はもっとひどく打ちひしがれていたかもしれないのだ。


羽田空港に向かう暗いバスの中、私は目を閉じた。私の身体は疲労で満たされていた。少し母に頼りたくなった。


母は色褪せたクリーム色のパジャマを着て、介護用のベッドの上にちょこんと座っている。暗い部屋だったが、彼女のまわりだけはひだまりのように明るい。いつもの笑顔だ。

私は母に抱きつき、彼女の胸で泣きじゃくっている。ドライアイスの入った容器に水を注いだように、悲しみと涙はとめどなく溢れる。

母はその細くてしわくちゃになった手で私の頭をゆっくり撫でる。私は柔らかく包み込まれる。いつもそうなのだ、私が泣き、彼女が撫でる。

私は知っている、私の頭のすぐ近くの彼女の胸の中には、私のよりも大きな大きな悲しみがあることを。


気がつくと私は、バス車内でぽろぽろと泣いていた。私はそんな自分にびっくりした。隣に座っている女性に気づかれないよう、こっそり涙をぬぐわなければならなかった。

夢を見ていたのだろうか。ただ私には眠った感覚はほとんどなく、母のことを少し思い出そうとしただけだった。それが気がつくと私は母の胸の中にいた。確実に私は、母に触れていたのだ。


その感覚には不思議なリアルさがあった。響き続けるお鈴の音色のように、私の中で波紋を広げるそれにより、こともあろうか、羽田空港で飛行機に乗る前の習慣である『Cafe ねんりん家』でのホットバームクーヘンを食べている最中も、また母のことを思い出し泣いてしまった。周りには若い女性のグループがいたが、髭面のおじさんがバニラアイスとバームクーヘンを頬張りながらぽとぽとと涙を落としている姿は、彼女たちにはどう映ったのだろう。


疲れていたのだ、私は。そして母は、そんな私の姿を見かねて助けにきてくれたのだろう。かわいそうな裕太、こんなにボロボロになってしまって、と。

涙の後は不思議と身体があたたかくなっていた。気がつくと箱の中のドライアイスもすっかりなくなっていた。

まだもう少し頑張れそうだった。さぁ、まずは徳島に行こう。


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