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デーツの思い出

デーツについて書こうと思う。


パリに到着したのが朝6時、家に着いたのが8時半、シャワーを浴びてコーヒーを飲んで、9時45分に家を出た。

その日は10時半から調香師のアトリエでミーティングがあったが、さすがに強行スケジュールで疲れていたのかイマイチ鼻が効かなかった。そういえばお酒を飲んでいた頃はこんなふうに靄がかかったように感じられる日があったような気がする。より健康体でいるがゆえに、ちょっとした不調に敏感になっているのかもしれない。

ミーティングの後は友人に会ったりしながらなんとか寝ないようにして、夜9時半ごろに就寝した。翌朝は5時に一度目が覚めたがまた眠り、結局きちんと起きたのはお昼前の11時だった。

軽いランチを済ませて13時半過ぎに家を出た。雨混じりのパッとしない天気で、2月らしからぬ生ぬるい空気が流れていた。

14時半からのミーティングの予定だったが、試作品の到着が遅れたために少し後ろ倒しにして欲しいと連絡があったのは地下鉄の駅に到着する直前だった。私はそれを了承し、途中下車して百貨店で時間を潰すことにした。

1ヶ月前はちょうどセールの時期とかぶっていたこともあり百貨店の中はものに溢れて雑然としていたが、今はそれが終わり春夏物が入荷したばかりのタイミングだったので、店内は見違えるほどに整然としていた。セール品はどこから出てきていたのだろうか、と訝しく思いながらも、私はすっきりとした店内を歩きながら、気になる服を手に取っては戻すということを繰り返した。

特に混んでいたわけではないが、割合としては観光客が多いように感じられた。エスカレーターを譲っても、扉を開けて待っていても、何も反応がないのが寂しかった。

調香師のアトリエに到着したのは15時過ぎだった。今日は朝からあまりよくないことが続いていたらしい。そんなわけで彼の愚痴をコーヒーを飲みながら聴くことからその日の仕事は始まった。


何について書こうとしていたんだっけ…

そうだ、デーツだ。


ということで、ここからがデーツの話。

「ユータは、デーツ好き?」

ひとしきり彼の話を聴いた後、急にそう尋ねられた。あまりにも唐突だったので、最初は何のことか理解できなかったが、すぐにフルーツのデーツであることがわかった。

もちろん、と答えると、彼はデーツがたくさん入った細長い箱を持ってきた。

デーツをテーマにした香りの制作の依頼があり、そのために購入したものだが、そのプロジェクトがキャンセルになったからもう必要なくなった、とのことだった。そのキャンセルは、今朝からの彼の不幸のひとつだった。


デーツを一粒口にしたとき、私はフランスの大学院に通っていた時のある些細な出来事を思い出した。

私が通っていた大学院には、モロッコ、アルジェリア、レバノンあたりの北アフリカ系の学生が多数在籍していた。今だから告白するが、当時私は彼ら彼女らがとても苦手だった。簡単に約束を破るからいちいちその言動を疑わなければならなかったことが、その最も大きな理由だった。

そんな中のひとり、アルジェリア出身のアブデラマンは、特に私の苦手とするところだった。優秀ではあるが身勝手なところがあり、先生たちからも目をつけられていたと思う。

アブデラマンと一度同じグループでプレゼンをすることになった時のこと。彼がグループワーク中に、おもむろにデーツを取り出し食べ始めた。なぜかその時はアブデラマンのその奔放な行動に好感を抱いた私は、デーツが好きであることを彼に告げた。

彼にとっては日本人の私がデーツが好きであるということがとても興味深かったらしい。急に嬉しそうになり、持っていたデーツを全て私に渡した。そして、

「今日はこれだけしかないから、明日また持ってくるね」

と告げた。

もちろん私は信じていなかった、彼がデーツを持ってくることを。私は彼がこんな些細な、そして彼にとってはなんのメリットもない口約束を守るはずがないと思っていたのだ。

ところが、彼は翌日私にデーツがたくさん入った大きな箱を渡した。

「アルジェリアのデーツは世界一なんだ」

彼は得意げにいった。


結局、なぜ彼が私にデーツをくれたのかはよくわからなかったが、想像するに、彼は私になんらかの興味があったのだと思う。デーツをきっかけに、私たちはグッと親しくなった。

デーツが好きなのは、それがほんのりと柿を思わせるからだ。フランスで食べるさらに異国の味は、どこか日本の秋の味覚の輪郭を携えている。それらがないまぜになった感じがとても心地よい。

そしてそこに、先の思い出がアクセントとなっている。調香師のアトリエでデーツを頬張りながら、私はこのフルーツが、時を経てさらに好きになっていることにふと気がついた。

そんな他愛のないデーツの話、でした。


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