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算数の時間 〜香水の原価〜

日本進出のディスカッションをだいぶ前にしたフランスのある香水ブランドから、つい最近マーケティング資料的なものが送られてきたのだが、その中に、「うちの香水の液体部分の原価は、原価全体の40%です(これは通常の水準よりも大幅に高いです、信じてください!)」という文言があった(本当にフランス語で、「信じてください!」と書いてあった)。
この文言が大変引っかかったので、今日は香水制作にかかる費用について少し書いていきたい。

ただし、上記のマーケティング資料における「原価」(つまり40%の分母)がかなり不明瞭なので、ここでは1本の香水を作る上でかかる直接的なコストのみについて考えていきたいと思う。マーケティング費、人件費、または薬機法対応のテストなどの間接的なコストは一旦横に置いておく。

香水制作における直接的な原価には、以下のものがある。

香水の液体部分(以下「ジュース」)
ボトル、スプレー、キャップ等(以下「パーツ」)
パッケージ
ジュースのボトル詰め、パッケージング等の作業費(以下「作業費」)

作業費に関しては、直接的な原価に含めるかは若干悩ましいが、製造個数にほぼ比例する費用なのでこちらに入れることにした。

先ほど紹介したブランドは、パーツとパッケージにかかるコストを下げることによって相対的にジュースの原価に占める割合が大きいということと、そもそものジュースのクオリティが高いということを資料の中で強調したかったようだ。言わんとしていることはわかる。

作業費に関しては、特に複雑なオペレーションがない限りにおいては、ブランドにより大きく違うということはない。ただし金額的には結構馬鹿にならない。

パッケージに関してはピンからキリまである。きれいな木製の箱入りの香水なんかは、原価の大部分が箱だと思って間違いがない。
例としてあるイギリスの香水ブランドを挙げる。このブランドは50mlと100mlの2サイズで展開しているのだが、50mlの方が100mlよりも値段が高い。なぜかというと、50mlのボトルには、きれいな木製の箱がついてくるからだ。ブランドの戦略としてどうなのかはさておき、これでパッケージが原価のどれくらいを占めるのかがなんとなくイメージできると思う。

パーツに関しては、ブランド独自のものをオーダーして作るのか(以下「オリジナル」)、業者からありものを購入するのか(以下「スタンダード」)で大きく変わってくる。オリジナルのボトルを使うところは最近減ってきた印象があるが、大量に製造するのであれば、スタンダードとコスト的には大して変わらない。高くつくのは、ガラスを成型するための鋳型なのだ。
最近のトレンドは、ボトルはスタンダードを、キャップはオリジナルを使う、というものだ。ボトルに投資するよりも、キャップの方が初期投資が少なくて済む。また、最近はスタンダードで個性的なキャップを提供する業者が増えてきたので、そういったものを使っているところも多い。
キャップは値段の幅が広く、それに応じて見え方もだいぶ変わってくるため、個性的に見せるためにキャップにこだわるというのは意味のある戦略だろう。ただしこれもボトルとの兼ね合いが重要だ。ボトルが安っぽく、キャップがゴテゴテしているブランドを知っているが、手に持った瞬間に残念な印象を受ける。

さて、問題はジュースである。
ジュースの値段は、ほぼイコールで香料の値段である。希釈するためのアルコールの値段は香料に比べたらタダみたいなものだし、あとは紫外線を吸収し香料を守るような薬品や、染色のための薬品などの値段も、そこまで大きいものではない。

ということは、ジュースの値段は、ざっくり

香料の購入単価×賦香率(ジュースに占める香料の割合)

と計算できる。香料の購入単価が高ければ賦香率が同じでもジュースの値段も高くなるし、また反対に賦香率を上げれば使っている香料が同じでも値段は上がる。当然のことだ。

賦香率については下記の記事で書いているのでこちらも参考にしていただければと思う。

私はこの記事を、「賦香率の高低は香水のクオリティに本質的な影響を与えず、香水の処方や目的に応じて、適切な賦香率がある」という主旨で書いた。もし賦香率を高くすることがあれば、それがその処方における最適な賦香率だから、というのが本筋であり、賦香率が高い香水がクオリティが高い、というのは間違っている。大体において、「うちのブランドの香水の賦香率は○○パーセント以上です」といっているようなブランドは、調香が下手で賦香率を上げない限りは香りの持続性をキープできない、あるいは香料を強く香らせることで出来の悪さを誤魔化している、の2つに1つ(あるいは両方)であることが多い。

香料の購入単価についてはどうだろうか。
話を単純にするために、ここでは「値段が高い香料=クオリティが高い香料」という仮定を置こう。注意して欲しいのは、「値段が高い香料」と書いており、「購入単価の高い香料」と書いていないことだ。
香料の購入単価はどのようにして決定されるか、というと、

香料の購入単価 = 香料メーカーの香料の値段×マークアップ

である(ちょっとわかりにくいかもしれないが、「香料メーカーの香料の値段」というのは香料メーカー側の原価、程度に考えていただければ問題ない)。
例えば、ある香料メーカーの薔薇のエッセンスの値段が100円だったとしよう。これをブランドが買うときは、100円×マークアップで購入する事となる、という事だ。マークアップが3であれば、300円となる。
このマークアップは、複数のファクターで決定される。一番強いファクターは、香料メーカー(あるいは調香師)とブランドとの関係だ。小さなブランドになれば、当然マークアップは大きくなる。あとは発注する量も関係してくる。
つまり、香料の購入単価は、必ずしも香料のクオリティを反映しているわけではなく、マークアップが含まれた数字になっているのだ。

冒頭部分のブランドの話だが、この小さなブランドは、大きな香料メーカーの、かなり有名な調香師を使っている。その点はポジティブなのだが、その反面、高いマークアップを受け入れざるを得なくなっていると考えられる。それが結果的に、ジュースの値段を大幅に押し上げていると想定される。

もちろん、それでブランドとして素晴らしい香水作れているのであれば、それだけ高いマークアップを受け入れる価値がある。一方で、このブランドがやっていることは、市場に出回っているベストセラー(しかもニッチではなくメインストリームのベストセラーである)のコピーであった。ブランドとして、消費者に対して意味があることをできているか、と聞かれると、甚だ疑問である。

いずれにしても、嘘とまではいかなくても、ミスリーディングな数字の使い方をするブランドにはあまりいい印象を受けない。もう少しいうと、多分香水ブランドはあまり数字を口にするべきではない。その数字に対する基準が不明瞭である状態で出す絶対的な数字は、何の意味もない。「400m走の自己ベストが49秒20だ」と聞いたところで、その競技のことを知らなければ、速いのか遅いのか検討もつかないのとあまり変わらない。それならば、語らない方がいいのである。

最後に、関係ないが、もし「日本に入れたいブランドがある」や「フランスのブランドの代理店をやりたい」という方がいらっしゃれば、ご相談いただければ何かお手伝いできることがあるかもしれないので、ぜひご連絡ください。なかなか大変なのだが、自分のブランドのことをあれこれやっていたら、だいぶノウハウがたまったので。

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