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男と少年

少年は目の前の男をじっと見ていた。
男の左手はシャツをめくり上げている。
右手には枕。
男はしまったと思った。動きは完全に静止した。
せめてすぐに背を向ければよかったんだ。
何か言いたげな少年の口が、いままさに開こうとしていた。


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彼は昔から大きかった。
決して裕福ではない労働者階級の家庭だったが、母親が宿屋の厨房で働いていたため、余った料理にありつけた。
その為、背はもともと大きかったが、当時の同程度の家庭の子供よりは横にも大きくなった。

セオドアという名のその男はしかし、頭は悪くなく仕事はできるものの、その巨体のせいで邪魔者扱いされることも多く、割と一人で過ごすことが多かった。
本来は明るく人懐こい性格のため、そんな生活に少々退屈していた。


そんな時だ。
「求む ユニークな人」と書かれた張り紙を見つけたのは。


ユニークか。
500ポンドもある俺の体もユニークと言えるか?
ただ太っているだけだが。
まあいい。退屈しのぎに応募してみよう。


「バーナムのアメリカ博物館」
そう書かれた建物で行われる面接に赴く。
順番を待つ列の前も後ろも、やあ、変わった奴らばかりだ!
全身真っ白なやつ、顔まで毛むくじゃらなやつ、横は太くないが俺よりはるかに背の大きな男…こりゃあ面白い!
セオドアは可笑しくなって、ひとりケタケタと笑った。ここなら退屈しなさそうだ。

さらに可笑しかったのは、ここの主人のバーナムという男。
セオドアは体重は500ポンドだとハッキリ言ったのに、「750ポンドだって!?」と大げさに驚いてみせた。セオドアは楽しくなって、その言葉に乗っかることにした。
面接に合格したセオドアは、お陰で服の中にカサ増しの枕を突っ込む羽目になった。


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「さあ紳士淑女の皆様!次ははるばる英国の都市リーズから海を渡ってきた男の登場です!広大な土地を所有し地元の領主として名を馳せたこの男、贅の限りを尽くした生活によってもたらされた巨体をとくとご覧あれ!」


彼は当然イギリス人ではなかったしましてや領主なんかじゃなかったが、リーズ卿(Lord of Leeds)と名付けられそんな口上と共にリングに立つことになった。

彼が大きなシーソーの端に座り、観客の子供達を指名して何人乗れば持ち上げられるかという演目は大人気だ。
なにせ観客も参加できる。

陽気な性格と人懐こい笑顔も手伝ってセオドアは人気者になった。

こりゃあ愉快だ。
大きくて邪魔だと言われた俺がここでは人から求められる。
笑顔を振りまいていればおまんまにありつけるし、面白い仲間たちも一緒だ。
最高じゃないか!


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「イカサマだったんだね」
少年は呟くように言った。
「いや、これは…」
言い訳のしようがない。今まさにセオドアは衣装の中から枕を出したところだったのだから。
「リーズ卿、あんた確かに太っているけど、750ポンドなんて嘘だろ」
セオドアは目を泳がせた。
「俺、知ってる。あのシーソー。あんたが座る側の裏には重りがついてた。さっき見た」
ここはテントの裏手、関係者以外は入れないところだ。人が手薄なのを見計らって侵入したのか?
そしてセオドアがいるここへ来るには、大道具が置かれているところを通って来なきゃならない。そこでシーソーも見たのだろう。
「このサーカスがちょっとしたペテンやってるのは、大人なら知ってる人は多いよ。だけど僕らみたいな子供は、みんなあんたらを信じて、本物だと思って楽しみに見にきてるんだぜ」

セオドアは申し訳なさそうに俯き、それからもう一度少年の顔を見た。
見たことがあった。
くり返し見にきてくれる客は嫌でも顔を覚える。
子供たちは仲良し同士で席に座ることも多いが、この子は…遠くて見にくい安い席で、ポツンと一人で座っていなかったか?記憶違いだろうか?

少年は黙ったまま、それ以上何も言わなかった。
ゆするでも怒り出すでもなく、逃げ去りもしない。

「君、名前は?」

恥ずかしそうに目を伏せて答えた。「…セオドア。」

セオドア…!
俺たちは同じ名前じゃないか!

親近感を覚えた。
俺みたいに太っちゃいないが、この子はもしかすると…

「なあセオドア」
「テッドでいいよ」
「テッド。このこと、黙っていて欲しい。イカサマでも、子供たちの笑顔は本物なんだ」
「……」
「バーナム団長の受け売りだがね」セオドアはウインクした。

「その代わりと言っちゃなんだが、…俺たち友だちにならないか?」
「友だち?」少年の顔がセオドアを見上げた。

「ああ。君にだけ教えるけど、俺の本名もセオドアって言うんだ」
「え……ほんと?」
「ああ」
「…同じだね!」
急に少年の顔が明るくなった。
今まで表情を消して俯き加減で、やけに大人びた雰囲気を出していたのだが、少年の少年らしい部分が顔をのぞかせた。
「同じセオドア同士仲良くしようじゃないか!」
セオドアはテッド少年に近づき、お腹で弾き飛ばしてしまわないように気をつけながら包み込むように肩に手を回した。

ひとまず今日のところはこれで帰りな、ここで見たことと、俺と話したことは二人だけの秘密だよ、と言い、テントからは出てもらった。


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テッドがチケット売り場に来た。
オマリーが舐めるように少年を見る。
チャリンといつも通り安い席の額の小銭を置いたが、オマリーが差し出したのは少しいい席のチケットだった(特等席とまでは行かなかったが)。
「え…?おじさん、これ間違ってるよ」
「構わん。これで入れ。リーズ卿からこれを渡すように聞いてる」
「…!」
「今回きりだけどな」
チケットとオマリーを交互に見比べ、テッドは素早くチケットを取り入口へ走って行った。


嬉しい。いつもより良く見える。
ワクワクするような見世物やダンスを、今日は隅々まで見られるし、演者の表情も良く見える距離だ。
たとえペテンだったとしても、テッドはサーカスのことが好きだった。
この街に、今までこんな楽しいものはなかったんだもの。

リーズ卿の出番になった。
いつも通りの紹介と、英国での暮らしや食べ物、なぜアメリカへ来たかなどを声高に語り(もちろん、嘘っぱちだ)、いつも通り真ん中にシーソーが置かれた。
「さあ、私と重さ比べをしたい子たちは誰だい?」
子供達が我も我もとアピールする。
リーズ卿は観客席を見回し、そして一人目を指名した。
テッドだ。

初めて指された!
今まで後ろの見えにくい席にいたから、手をあげても当てられたことなんてなかった。

おずおずとリングの真ん中へテッドは進んだ。
テッドと目が合うと、リーズ卿はいたずらっぽく微笑んで見せ、大きな手を背中に回してシーソーの端の前に導いてくれた。
リーズ卿が反対側の端に座り、リングマスターの口上とともにテッドはシーソーに乗ることを促された。
もちろんシーソーはビクともしないのだった。

その瞬間、リングにはリーズ卿と自分と、リングマスターだけ。
観客席の視線は自分たちに注がれている。
少年は言い知れぬ高揚感を覚えた。

それから何人かまた子供が指名され、シーソーに次々乗って行くが、やはりビクともしない。
お約束だが、子供たちは踏ん張ったりぴょんぴょん跳ねたりしてなんとか動かそうとして楽しそうだ。

最後は一列に並んだ子供たちにリーズ卿が声をかけたり抱き上げたりして感謝を述べ、大人気のコーナーは子供たちとともに拍手を浴びて終わった。

テッドは他の子供たちとともに客席へ駆け戻って行った。
初めて会う子たちと打ち解けたようだった。

そうだ、それでいい。
次からは、友達と一緒にサーカスを見に来れるな。
セオドアはテッドの背中を満足げに見送った。



その日の晩飯はいつもより美味しく感じるとセオドアは思った。
もっとも、彼にとってはいつも、どんな食事でも、美味しいのだが。

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photos https://unsplash.com/

この物語は、映画「グレイテスト ・ショーマン」からインスピレーションを得て2018年に書いた創作です。
スマホに残っていた古いメモを整理していて出てきたもので、まだどこにも公開してませんでした。自分では気に入っていたので、供養のため投稿します。
"太っちょ"リーズ卿のこの物語での本名セオドアは、バーナムサーカスにいたという太っちょ男"Tom ton"ことTeodulo(Teodulo A. Valenzuela)と言う人物のTeoduloを英語名にしたTheodorから付けました。
当時の時代背景やサーカスに詳しくは無いのでおかしい描写などあるかもしれません。ゆるして🙏
シーソーで重さ比べをする演目は、そんなのもあったらいいなと思って書いたもので実際にかつてあったかどうかはわかりません。

追記

ミュージカル映画である「グレイテスト・ショーマン」の中から、お気に入りのこの曲を貼っておきます。
見たことない方は、是非😊
元気になれる曲です。
リーズ卿もしっかり映ってますよ!


投げ銭いただければ感謝の舞を踊ります。 余裕ができたらカメラのレンズかカメラ本体を増やしたいです。