🍥燻製麻婆豆腐🍥
葉にんにくを手に入れた。
スーパーをはじめ、滅多に姿をみせることなく「幻の領域」に至りつつある葉にんにくである。ここは、すみやかに刻んで麻婆豆腐に加えて差し上げることが、葉にんにくに対しての礼節というものだろう。
そして、私は麻辣偏愛型人間である。葉にんにくを迎える麻婆豆腐は、胃腸が苦痛と絶望でのたうちまわるほどの──四川ならぬ死線を感じる危険物がいい。
多少の淘汰はありつつも年々増えていく材料だが、ふとした思いつきで加えた食材まで泰然として迎え入れてくれる懐の深さが麻婆豆腐にはある。そして、それに応えるべく、より複雑玄妙な劇物にするための試行錯誤は惜しまない。それが我々シビカラノイドの務めなのだ。
さて、麻婆豆腐におけるコク味を担う豆豉を刻んでいく。丁寧に。
いけない。文章まで倒置してしまった。刻むばかりか。
下手な倒置法はさて置いて、次は納豆を細かく叩いていく。
納豆から出る出汁は──たとえば味噌汁や豚汁に溶き入れると、その旨味に驚くだろう。麻婆豆腐も例外ではなく、やはり日本人に寄り添った風味が立つこと請け合いだ。ただし──粒の納豆を加えるのではなく、それを細かく包丁で叩くほうが圧倒的に旨味と香りが立つ。そして、納豆を叩いたあとの、いつまでも取れない俎板のヌメヌメと格闘するところまでが、納豆を使用する醍醐味といえる。
そして、ヒッコリーにピートを加えた冷燻で、牛ひき肉に強烈な香り付けをしていく。「燻製麻婆豆腐」と冠している以上、生半可な煙で麻辣に挑み霧散させてしまうわけにはいかないからだ。
そして、花椒をあたる。
ちなみに「する」は博打で負けを意味する隠語なので、「当たる」にちなんで、擂ることを──あたると呼ぶようになったそうだ。
ちょっと待ってくれ。
腹を下すこと──つまり、食中毒のこともあたる、と言う。あまつさえ、度がすぎた量の花椒を「あたる」のだ。胃腸的ジンクスとしては、こちらの験のほうがよろしくない。
以上の理由で、花椒をあたらずに「挽く」ことにした。
──いや待てよ。
大量に挽き入れた花椒の凄まじい麻れで、食べた人が「引く」というジンクスも発生──。
キリがないので先に進もう。
①みじん切りにしたネギ、生姜、にんにく、豆板醤。粗挽きの花椒を中華鍋に入れ、油を加え、混ぜながら弱火でじっくりと香りを出す。
②燻製ひき肉を加え、中強火にしてパラパラになるまで炒める。郫県豆板醤を投入し炒め合わせ、ひき肉の水分が飛ぶまで混ぜながら中火で炒める。
③刻み豆豉、チポトレパウダー、赤味噌、砂糖、老抽王(中国の醤油)を加え軽く混ぜ合わせ、紹興酒を回しかけアルコールを飛ばす。水を加え沸騰させ、海鮮味覇と納豆を投入する。
④下茹でした豆腐を加え、旨味を豆腐に吸わせる。
⑤水溶き片栗粉を加え豆腐を崩さぬように鍋をゆすってとろみをつけ、葉にんにくを投入し燻製辣油をたっぷりと回しかけて強火で麻婆豆腐を焼く。
⑥食べる直前に花椒を振り入れて完成。
化粧油は見た目のみならず、なくてはならない味の要素だ。家族が泣いて止めるほど豪快に投入していこう。
ちなみに、辣油に使用した唐辛子は、硫黄島唐辛子を燻製にしたものだ。辣油の作り方はまたの機会に紹介するつもりだが、夢枕に立って囁く方法を採るかもしれないので悪しからず。
さて、出来上がった麻婆豆腐豆腐だが、たちのぼる湯気の向こう、その空間が──歪んで見えるほどの瘴気が漂っている。
「ええい──ままよっ」
などと時代錯誤なひと言とともに、れんげを口に運ぶ。
おお…なんだこれは…
…麻辣地獄じゃないか…
しびれる からさ
ほとばしる あせ
などといった、文化祭のスローガンがごとく文句が脳裏に浮かび、そして消えていった。
いけない。
せっかく手間暇をかけて作ったのだ。麻辣に溺れて終わるには余りに勿体ない。刺激をかき分けるように味を探訪していくと、各種材料がそれぞれ役を担っているのが見えてくる。シャッキリムンムンとした葉にんにくも面目躍如といった様子である──が──
麻辣が、それらを味わい感慨に耽ることすら許さない。
やめれやめれと苦痛を訴え汗を吹き出す身体をよそに、レンゲが止むことはないのだった。
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