保護猫たちは新天地へ
6月に書いていたように、夏のはじめに子猫を保護していた。近所で生まれたであろうオスとメスの2匹。
我が家ではすでに4匹の猫を飼っていた。ただでさえ猫たちの関係がうまくいっていないのでさらに子猫たちを飼い続けるのは大変。そうした事情もあって、突如やってきた子猫たちについては里子に出すことにした次第。
わたしも職場で里親希望者を募ったりしていたものの、とくに2匹まとめての譲渡を条件にしていたこともあって、なかなか決まらない。動物病院にもビラを貼ってもらって協力を仰いでいたけれど状況は変わらず。
時間が過ぎてゆくばかりで埒があかないため、結局2年前にアズキとモミジの兄弟を譲り受けた保護団体の譲渡会に参加させてもらうことにした。このほうが里親が見つかる可能性はずっと高い。
◆
子猫たちはゴマとミソと名付けられて譲渡会へ。
保護猫と里親のマッチングにかけては保護団体は百戦錬磨のプロである。譲られる対象にも厳しい条件があり、飼育環境など里親の候補としての適正が精査される。
最初の譲渡会の希望者4組からは結局うちの猫たちの里親は決まらなかった。その後なんどか譲渡会に出て、先にミソのほうに里親候補が決まった。
こちらは2匹そろっての譲渡を希望していたのだけど、そこは保護団体の判断を優先した。詳細はわからないけれど、2匹そろって引き取りたいと希望を出されていたところには別の保護猫が貰われていったようだ。そして、まずは1匹ならばと希望を出してくれていたご家族に打診があった。
ミソは譲渡会では緊張しっぱなしで抱っこもさせてくれなかったというのに。
里親さんの言によると、なんでもミソというネーミングと譲渡会に出ていた妻の人柄に惹かれて決めたのだとか。なにがご縁につながるかわからない。
ミソの譲渡先が決まってから、しばらく時間があった。スケジュールが混み合っていて保護団体側の人員の都合がつかなかったのがその理由。その間、ミソに発情の兆候があり、まだ子猫とはいえオスのゴマと一緒に暮らしていることもあって、念のためミソの不妊手術をすることになった。
ミソが里親さんのところへ行ったのは9月15日。ちょうどそのお宅のお子さんの誕生日ということで、最高のバースデーギフトになったようだ。2週間のトライアル期間を経て正式譲渡。
なお、その前日の14日に鉛筆でミソをスケッチしたのだけど、偶然それがちょうど「一日一画」の7000枚目だった。
我が家でミソと名付けていたこの子は、その特徴的な鳴き声からキュルルという別名でも呼ばれていた。あたらしい家族からはまた別の名前をもらって可愛がられている。
いまはソーシャルメディアの発信もあって、譲渡後の様子がわかって楽しい。すぐに懐いて、とても可愛がられているのが伝わってくる。なんと「お座り」と「待て」なんて芸当までできるようになっている。うちにいた時のワイルドさが嘘のようである。
◇
さて、もう1匹の保護猫ゴマは。
ミソがあたらしい家族のもとにもらわれていってから、単独で譲渡会に出続けていた。譲渡会にも波があるのか見学に来る人びとの数も増減があって、なかなか里親希望の声がかからない。
はじめはミソのほうがお転婆娘で、ゴマはおっとりお兄ちゃんというポジションだった。譲渡会の紹介文もたしかそんな表現だったのだけど、いつの間にかかなりワイルドな子猫に育っていた。
野良の血がそうさせるのか、こと食べ物に関しては貪欲で、他の猫たちの食べ残しを洗いざらい食べ尽くす。他の猫のお皿を目ざとく見つけてはすかさず移動してきれいにしてくれる。その姿から、いつしかルンバという別名がついた。キャットフード専用のお掃除ロボット。
ウ〜〜〜と時折ひびく低音の唸り声。ソファの下など見えないところから聞こえることが多い。ゴマの声だ。
とくに大きな塊の食べ物になると、誰にもとられないように持ち去って唸りながら食べるようだ。ほかのものでも食事の際には周囲を威嚇するように唸り声をあげることがある。ほんの1ヵ月でも野良生活の経験は伊達ではない。
野良猫の流儀を知らない他の猫たちからは相当な変人ならぬ変猫あつかいだろう。
そんなこともあって、我が家での日常生活では、まだ半年にもかかわらず腕白ぶりに拍車がかかってやりたい放題である。
先住猫たちとの追っかけっこで、なにかをひっくり返したり壊したりというのは日常茶飯事だ。
猫たちの大運動会があまりにも激しくて、とくに玄関ホールの吹き抜けが危険なので、猫ステップの増築がおこなわれた。そこは工作好きの妻と次男の本領発揮。
はじめはなかなか近寄ってくれない猫たち。年長のミューが窓の外が覗けることを発見したので、窓を開けるとたびたび利用している。ほかの猫たちもいつの間にかこの新しいステップでくつろいでいたりする。なぜかモカだけがほとんど利用しないようだ。猫の好みの違いはよくわからない。
◆
変わらず2週間おきに参加している保護猫譲渡会。いろんな猫が出るのだけれど、大半は子猫で、里親の希望も子猫が断然多い。だから子猫シーズンが来て、ワクチン接種など譲渡会に出られる条件が揃うと、当然のことながらあらたに子猫たちがわんさか参入してくる。ミソとセットで子猫枠にいたゴマは、いつしかちょっと成長したお兄さんお姉さん組に。
ライバルは増えるばかり。ゴマの体重も増えるばかり。
譲渡会が終わるたびにまた希望者は現れなかったと肩を落とす妻。なんだか上手くいかない就職活動にも似たほろ苦い感情が広がってくる。これは譲渡会参加の期限を決めて、里親が決まらなければうちの猫として飼い続けるほうがよいかもしれない、なんて弱気なことを考えはじめていた。
ほかのツテで、妻の知り合いの知り合いに猫を飼いたいという人がいるのを知った。ダメもとで譲渡会を紹介。譲渡会の会場はだいたい3か所を転々としているのだけど、幸運なことに次の譲渡会はその家族の住むところからそう遠くはなかった。
いつもは2時間の譲渡会だけど、その時は長丁場の4時間。涼しくなってきたとはいえ、保護猫たちの体力も心配になる。そんな長丁場の譲渡会だったけれど、そのご家族が来てくれて、いろいろと話が盛り上がったようだ。ゆっくり話せる余裕があったのはその時間設定が奏功したのかもしれない。
なんでも家族で猫カフェに行くほどの猫好きとのこと。飼えば猫カフェに行かなくても済むねなんて会話があったとか。そして嬉しいことにゴマの里親の希望を出してくれた。その後の審査でもオッケー。晴れてゴマがもらわれることになった。
そして先週の水曜日にトライアルに出たゴマ。前日の晩、ミソのときと同様にわたしはスケッチしておいた。今度も鉛筆で。中間色の紙を使って、白い部分は白のダーマトグラフという色鉛筆で。
「一日一画」では7054枚目だった。そうか、ミソがもらわれてから54日も経っていたのか。およそ2ヶ月。
里子に出る前に次男が測ったところによると、なんと3.9キログラムの体重だったとか。生後7ヶ月弱で3.9キロ。うちの近所の界隈の猫は大柄な子が多いようだけど(うちのミューとモカも5キロ級)、なかなかの成長っぷりだ。他の猫たちの残飯を平らげているだけはある。
◇
まだゴマがもらわれて数日。なんとか慣れてきた様子が妻のスマホに届いている。他の猫たちと一緒に過ごしてきたので一人ぼっちは勝手が違うだろうけど、あたらしい人間の家族とはうまくやっていけるだろうか。
我が家の4匹の猫たちは、ゴマがいなくなったことに気づいているのだろうか。ゴマとしょっちゅう遊んでいたモミジは弟分がいなくなって寂しい思いをするかもしれないなんて思ったけど、何もなかったように過ごしている。
じつは、モカ姉さんが無神経なゴマに手を出して威嚇することが多かった。それを見てか、モミジがモカを追いかけ回すことが多くなっていた。きっと「ボクの弟分をいじめるな」みたいな感覚だったのかも。
ゴマが新天地で幸せに暮らしてくれるのはもちろん、残った我が家の猫たちの関係も少しは改善されないかなと淡い期待をしている。
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