【書評】君塚直隆『貴族とは何か』(新潮社、2023年)

去る1月25日(水)、君塚直隆先生のご新著『貴族とは何か』(新潮社、2023年)が刊行されました。

貴族の姿を古代から現代にいたるまで通覧する本書は、特権的身分としての貴族ではなく、自らに課せられた「高貴な義務」を果たすことで社会の発展と人々の福祉に貢献する存在としての貴族の姿を鮮やかに描き出します。

特に、古代以来世界各地で生まれた身分としての貴族が消滅・解体する過程と、現在も「貴族院」を有し、社会に対して一定の影響力を保つ英国の実情を対比させる様子は圧巻です。

すなわち、特権的地位に安住したことが大革命におけるフランスをはじめとして、各地の貴族の衰亡をもたらす一方、積極的に政治や社会活動に参画したことが英国の現在に繋がったことを分析するのは、貴族の存在をよりよく理解するために重要な手掛かりを与えます。

また、英国の貴族の特徴として豊かな経済的基盤に着目し、その経済力が社会貢献活動に繋がり、人々の尊敬を勝ち得たという点を説得的に解き明かすことは、社会経済史の側面からも興味深い視座を提供するものです。

日本についても1300年来続いた貴族と明治維新後の華族制度が健宇されます。そして、大半が脆弱な経済基盤しか有していなかったことが華族から社会貢献の機会を奪い、歳費のある貴族院議員となることへの欲求を高め、「高貴な義務」を果たすよりも目先の利益を優先する結果になったとするのは、説得力があります。

世界の歴史を巨視的に眺めつつ、現在の問題とのかかわりから貴族の姿を捉え直し、権利だけでなく責務を果たすことで社会の健全な発展に寄与するという心構えと実際の行いによって、誰もが「貴族」になれるという視点は、貴族の持つ意味の可能性を力強く訴えます。

何より、国家はそれじたいで存在するのではなく、一人ひとりの国民が形成するものであることを考えれば、本書の描く「誰もが貴族になれる」という発想は、国家も徳を備え世界の健全な発展に寄与することが重要であるという立場に帰着します。

これは、例えば日本は他国を指導するに足る徳を十分に備えてはいないという石橋湛山の植民地放棄論や、日本は国家としての経済力に見合うだけの国際社会への交換を行う必要があるという稲盛和夫の素封家国家論にも繋がる味方です。

その意味でも、『貴族とは何か』は、貴族の成り立ちと発展、そして現代的な意義を解き明かすだけでなく、より多くの方が手に取り、それぞれの興味と関心に従って読み進めることで多くの知見を得られる、意義深い一冊なのです。

<Executive Summary>
Book Review: Naotaka Kimizuka's "Kizoku towa Nanika" (Yusuke Suzumura)

Professor Dr. Naotaka Kimizuka published book titled Kizoku towa Nanika (literally What Is an Aristocrat?) from the Shinchosha on 25th January 2023.

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