【書評】伊東潤『夜叉の都』(文藝春秋、2021年)

去る11月22日(月)、伊東潤先生の小説『夜叉の都』(文藝春秋、2021年)が上梓されました。

「武士の府を築く」という大義のために生涯を捧げた源頼朝とその志を貫徹しようとする北条政子の姿を描いた『修羅の都』(文藝春秋、2018年)を受け、前作が断片的に描いた頼朝の亡き後の鎌倉府の様子が主題となります。舞台となるのは第2代将軍源頼家の治世である1199(建久10)年から、藤原頼経が第4代将軍となる1226(嘉禄2)年までの27年間です。

夫である源頼朝の築いた「武士の府」を守るため、時に政敵を排除し、時に後鳥羽上皇という超人的英雄を擁する朝廷と対決し、さらに肉親にも非情な態度で臨む北条政子は、「私は死ぬまで夜叉の道を行くのか」と疑念を抱きつつも、己に課せられたと信じる道を歩み続けます。

源頼家の独裁的な統治を抑えるために13人の宿老の合議制が確立された鎌倉府は、相次ぐ政争や宿老の引退や死没を経て、次第に北条政子の弟である北条義時に権力が集中します。

このような歴史的な出来事を背景に、北条政子が「武士の府」の維持のために迫られる決断の数々と人の親ゆえの懊悩、さらにわずかな土地でも所領を増やすためには肉親をも裏切る鎌倉武士たちの餓狼のような姿が、恬淡とした筆致で書き進められます。

また、入念な文献の調査と最新の研究成果を取り込み、「ちなみに」の一語とともにそれらの内容を挿話的に紹介することは物語に奥行きと広がりを与えます。

その一方で、源頼家の遺児である公暁が源実朝を暗殺した経緯のような、学界で定説が確立されていない問題を作品の中に組み入れることで一つの答えを示すとともに物語の展開の重要な要素とする点は、歴史上の話題を取り上げ、時代の雰囲気を可能な限り再現しつつ、作者の歴史に対する見方を示すという意味での歴史小説の真骨頂と言えるでしょう。

特に、物語の終盤で政子と義時という実の姉弟を待ち受ける展開は読者の予想を超えるものであるとともに、そうした状況へと至る伏線の設定は、『鳴門秘帖』や『剣難女難』における吉川英治の洗練された手腕を彷彿とさせるものです。

あるいは、人物の造型や構成だけでなく、後鳥羽上皇の挙兵の報を受けて御家人たちに呼びかける北条政子の様子を描く五級の階の場面は『修羅の都』と直接に結び付くもので、前作の読者にとってはひときわ感慨深いものとなることに違いありません。

そして、「餓狼」とも表現される鎌倉武士たちが見せる快活な笑顔や、源頼家や源実朝が自己との苦闘の末に凛然とした姿を示す様子は多くの惨劇とも言うべき出来事とともに紡がれる物語だけにますます印象深く、読み手に強い印象を与えます。

最後に「夜叉」の持つ真の意味を了解した北条政子の姿を含め、『夜叉の都』は歴史小説の魅力に満ち、読者の注意を引いて逸らさない傑作です。

<Executive Summary>
Book Review: Jun Ito's "Yasha no Miyako" (Yusuke Suzumura)

Mr. Jun Ito published a book titled "Yasha no Miyako" (literally The City of Yaksha) from Bungeishunju on 22nd November 2021.

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