公式晩餐会での岸田文雄首相の演説の持つ大きな意味

現地時間の4月11日(木)、米国を国賓待遇で訪問中の岸田文雄首相は連邦上下両院合同会議で演説し、「米国は独りではありません。日本は米国と共にあります。」と日米の連携と結束の強さを示しました[1]。

1981年5月の日米首脳会談の際に当時の鈴木善幸首相が日米同盟に軍事的意味合いは含まないと発言し、反発した伊東正義外相が辞任するとともに日米関係が悪化したことを思えば、隔世の感を禁じ得ないものです。

一方、上下両院合同会議における演説と同様に隔世の感を禁じ得ないのが、現地時間の4月10日(水)に行われたジョー・バイデン大統領が主催した公式晩餐会での岸田首相の演説でした。

すなわち、岸田首相は演説の締めくくりとして、"Boldly go where no one has gone before."と発言しました。

これは、テレビドラマ"STAR TREK"(TOS)の冒頭でのカーク艦長が物語のあらましを紹介する"Boldly go where no man has gone before."という表現を踏まえつつ、テレビ版第2作"STAR TREK: The Next Generation"(TNG)の第1シーズン第6話の題名"Where No One Has Gone Before"(1987年)を参照した一文です。

それでは、従来"no man"とされていた表現がなぜ"no one"となったのでしょうか。

TNGの"Where No One Has Gone Before"の中では具体的な説明話されていないものの、4年後に製作されたTNGの映画版第6作"Star Trek VI: The Undiscovered Country"(ST6)に、表現の変更の手掛かりが示唆されています。

すなわち、衛星プラクシスが不慮の事故によって爆発したことで窮地に追い込まれたクリンゴン帝国が長年対立してきた地球連邦と和平交渉を行おうとした際、和平派の宰相ゴルコンが帝国の首脳とともにカーク艦長の指揮する宇宙艦エンタープライズ号に到着します。

一行を歓待するべく行われた祝宴は、双方の感情的な隔たりからよそよそしいものとなり、ゴルコンの息女アゼトバーが「地球連邦は地球人中心の集まり」と批判すると、エンタープライズ号の船医であるマッコイ博士が「違う」と言下に否定するなど、険悪さを増してゆきます。

その後、ゴルコンの暗殺とカーク艦長とマッコイ博士の逮捕、そしてエンタープライズ号の乗員による真相の究明などを経て両勢力は念願の和平協定の調印に成功します。

そして、物語の最後に右から2番目の星を目標に定めて新たな航行を行うエンタープライズ号を背景としつつ、カーク艦長が発言したのが"Boldly go where no man... no one has gone before."という一文でした。

ここから、当初は従来通り"no man"としようとしたものの、アゼトバーの「地球人中心の地球連邦」という批判を思い出し、より広い概念として"no one"を用いることで人類に限らず誰もが到達したことのない地を目指すという普遍性を強調したのでした。

岸田首相の公式晩餐会における演説も、性的少数者などへの差別を解消することを目指すバイデン政権を念頭に置き、TOSの"no man"ではなく、ST6で描かれた「地球人中心」を避けるための"no one"の使用に参照し、「男性中心」と受け取られない表現に改めたことが推察されます。

"STAR TREK"の連作は"STAR WARS"と並び米国内で幅広い世代から高い支持を得ています。

従って、岸田首相の表現を耳にすれば米国人の多くは出典を理解することでしょう。

それとともに、より熱心な"STAR TREK"の愛好家であれば"man"が"one"となっている含意にも容易に気づくことが出来ます。

その意味で、今回の岸田首相の公式晩餐会での演説は米国の社会的、文化的な背景をも知悉するよい原稿の書き手がいることを示すとともに、「外交の岸田」という自負が決して偽りではないことをも明らかにするものなのです。

[1]米国連邦議会上下両院合同会議における岸田内閣総理大臣演説. 首相官邸, 2024年4月11日, https://www.kantei.go.jp/jp/101_kishida/statement/2024/0411enzetsu.html (2024年4月12日閲覧).

<Executive Summary>
"No One" or "No Man", What Is the Difference? (Yusuke Suzumura)

Japanese Prime Minister Fumio Kishida visits the USA and made a speech at the Official Dinner hosted by US President Joe Biden on 10th April 2024. At that time Prime Minister Kishida said the phrase "Boldly go where no one has gone before." to emphasise the ties and relationships between Japan and the USA. On this occasion, we examine the meaning of his speech.

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