「ロシアへの文化的制裁」はいかなる意味を持つか

ロシアによるウクライナへの侵攻を受け、芸術やスポーツの分野からロシアを排除する動きが広まっています。

最近では北京パラリンピックからロシア選手団が排除されましたし、ミュンヘン・フィルハーモニー管弦楽団はロシア人のヴァレリー・ゲルギエフ氏を首席指揮者から解任し、ロッテルダム・フィルハーモニー管弦楽団も同氏との全ての関係を解消することを公表しました。

北京パラリンピックの場合は一度は国際パラリンピック委員会が参加を認めながら、各国の選手や競技団体などの反発を受けて決定が覆っています。

また、ゲルギエフ氏はプーチン大統領との親密な関係で知られています。そのため、ロシアによるウクライナへの侵攻後にミュンヘン市のディーター・ライター市長が政治と距離を置く旨の声明を出すよう求められたものの、同氏が拒否したことで解任となり、ロッテルダム・フィルの場合も両者の間に「埋めがたい溝がある」として関係の解消に至りました[1]。

これらは、いずれもロシアのウクライナへの侵攻に由来する措置です。

確かに、ロシアの行為は国際法に違反するだけでなく、人道面でも許されません。

そのため、国際社会の多くが一致してロシアに対抗することは、国際法の遵守と人道的な側面から当然の対応です。また、政治的、経済的、文化的な制裁は、各国の協調の象徴的行為でもあります。

しかし、例えば経済制裁がしばしば中期的、長期的な効果はあってもしばしば即効性を欠くように、その他の制裁も実効的か否かよりも制裁そのものを行うか否かが問題の焦点である場合があります。この時、制裁は方法であって目的ではないと言えます。

それでは、文化的制裁の場合はどうでしょうか。

もちろん、ウクライナへの侵攻を主導する政府首脳と親密である人物や、ロシアの外貨獲得に貢献しているかもしれない団体の公演を拒否することは、間接的にロシア政府に打撃を与えることになるかも知れません。

あるいは、国威発揚の手段として用いられやすいスポーツ界からの排除は、当局による宣伝戦略の一端をくじくことにもつながります。

一方で、もし文化的制裁が、ロシア当局に自らの行動を反省させ、速やかに停戦に合意するよう求めることを目的としているなら、その効果は必ずしも高くないと考えられます。

何故なら、経済的、政治的制裁がかえってロシア側に「逆境を克服するには最終的な勝利しかない」という宣伝の材料を与えかねないように、文化的制裁も同様の結果をもたらしかねないからです。

むしろ、文化的制裁によって、政治的には難しいものの、芸術家や競技者同士であれば成立するかもしれない対話の機会が失われる可能性さえあります。

現在のところ、英国のロイヤル・オペラハウスは今夏のボリショイ・バレエ団の招聘を中止し、欧州放送連合に加盟する放送局が行うユーロビジョン・ソング・コンテストはロシアからの参加を認めない方針を示しているとのことです[2]。

こうした対応は、ある意味で文化的制裁の一種であると言えるでしょう。

他の制裁と同様、文化的制裁についても、関係者は手段として行われるのか、それとも最終的な目的であるかに自覚的であることが求められます。そして、スポーツや芸術などの分野での分断が加速することは、大いに憂うべきことに他ならないのです。

[1]2 orchestras fire Russian conductor for supporting Putin. AP, 2nd March 2022, https://apnews.com/article/russia-ukraine-vladimir-putin-entertainment-business-munich-1a804383b8ae54df96a3f1d3ba1cb378 (accessed on 8th March 2022).

[2]芸術界 広がるロシア排斥. 日本経済新聞, 2022年3月7日朝刊36面.

<Executive Summary>

Why Is a Problem of Cultural Sanctions against Russia? (Yusuke Suzumura)

After starting of Russian invasion of Ukraine, there are cultural boycotts against Russian sports, arts and events. In this occasion we examine a meaning and problem of the sanctions.

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