「「会員」と「全員」の読み違え」は何故問題となるのか
10月1日(木)に明らかになった日本学術会議の人選を巡る問題については、「学問の自由に対する侵害」といった批判が寄せられる一方で、105名の候補者のうち6名の任命を行わなかった菅義偉首相が「学問の自由とはまったく関係ない」と発言するなど[1]、議論が食い違いを見せています。
一方、10月7日(水)の衆議院内閣委員会では、内閣法制局が過去の内部資料では推薦者を全員任命することになっていたと答弁したものの、政府が「全員」ではなく「会員」の読み違えであったと訂正しており[2]、政府の対応に混乱が認められます。
「会員」を「全員」と読み間違えたという点については、主に以下のような背景により「読み間違え」が生じたことが推察されます。
(1)国会答弁に緊張したため読み間違えた。
(2)老眼などによる視覚機能の低下により間違えた。
(3)本来「全員」と記された書類を読み上げただけ。
(4)本来「全員」と記された書類を「会員」に訂正して答弁する予定であったものを、訂正し忘れていた。
(1)の場合は、国権の最高機関である国会という場の雰囲気に委縮することは当然あり得るだけに、緊張のあまり字形の近い「全」と「会」を読み違えたとしても不思議ではありません。
実際、1979年2月14日に行われたいわゆるダグラス・グラマン事件の証人喚問では、日商岩井副社長であった海部八郎氏が宣誓後の署名の際に手の震えを止められず、「攻めには強いが守りに弱い性格ゆえか」、「持病の通風のせい」と指摘されています[3]。
後者の場合は疾病によるためいかんともしがたいものの、前者であれば、国会、しかも衆人環視となる証人喚問が持つ独特の雰囲気の影響を考慮せざるを得ません。
また、(2)の場合も加齢による自然な現象であるだけに、検眼を行い眼鏡の度を変えたり、答弁用の文書の文字の大きさを変更するなどの対応が不可欠になるでしょう。
今回の答弁を担当した内閣法制局第1部長の木村陽一氏は、今日の参議院内閣委員会での答弁でも「推薦人の推薦に基づき」と読むべきところを「推薦人の資料に基づき」と読み違えていることから[4]、(1)や(2)の可能性は低くないと考えられます。
これに対し、(3)の場合は(1)や(2)の場合と異なる性格の問題を引き起こします。
すなわち、もし、1983年に当時の総理府の作成した資料に「全員」と書かれていたのであれば、今回菅首相が6人の候補者を任命しなかった判断との整合性が問われかねません。
その場で木村氏が訂正せず、当日午後に加藤勝信官房長官が記者会見の中で訂正を行ったことは、少なくとも内閣法制局は資料の記述に基づいて答弁を行ったものの、首相官邸側が菅首相の判断との整合性を懸念して「読み間違え」という理由を設けた可能性を示唆します。
さらに、(4)の場合は実際の資料と答弁との相違だけでなく、事実に基づかいない答弁となるだけに、発言の信頼性、妥当性、さらに相当性の面で新たな問題を引き起こすことになります。
もとより、上記の4点以外にも様々な理由が考えられます。また、1983年の資料は手書きであったとされているため[2]、書き手が悪筆であった場合は単なる読み間違いであったと考えられます。
ただし、これらの可能性はいずれも推測の域を出ないものです。
それだけに、答弁者にはこの種の「読み間違い」によって答弁の内容そのものへの信頼の度合いを低下させることを避けるよう注意することが望まれますし、「全員」か「会員」かという違いを当時の資料そのものを示して明らかにするといった努力が求められるところです。
[1]首相、主体的関与を示唆. 朝日新聞, 2020年10月6日朝刊1面.
[2]推薦対象、法制局読み間違え. 毎日新聞, 2020年10月8日朝刊2面.
[3]署名の手ふるえる海部氏. 読売新聞, 1979年2月14日夕刊9面.
[4]内閣法制局が答弁訂正 「会員」を「全員」と読み間違え. 時事ドットコムニュース, 2020年10月8日, https://www.jiji.com/jc/article?k=2020100800532 (2020年10月8日閲覧).
<Executive Summary>
What Is a Meaning of a Misreading in Answer at the Diet? (Yusuke Suzumura)
On 7th October 2020, a misreading in answer concerning on the selection for a member of the Science Council occurred at the House of Representatives. It has an important meaning for us to examine the reason of this misreading, since it might not be a careless or mental mistake, but a political mistake.
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