宝塚歌劇団月組公演『桜嵐記』

昨日は、13時30分から18時44分まで東京宝塚劇場で行われた宝塚歌劇団月組公演『桜嵐記』、ショー"Dream Chaser"、そして退団者の記念の式典の実況配信を鑑賞しました。

第1部の『桜嵐記』(作・演出:上田久美子)は、『太平記』や『吉野拾遺』などの古典文学を背景に、日本史上屈指の名将楠木正成の遺子である正行、正時、正儀の三兄弟と南北朝の対立、さらに正行と後村上天皇に仕えた女官弁内侍との淡い恋を描いた新作です。

主人公である楠木正行を演じるのは本公演で月組男役トップスターを退任する珠城りょうで、父正成(輝月ゆうま)の遺志を継いで南朝の劣勢を挽回しようとする勇将としての姿と、一人の人間として弁内侍(美園さくら)に抱く恋心との間で揺れ動く様子を清冽に演じました。

特に物語の後半で、四条畷における北朝軍との決戦に挑む際、何故戦うのかと自問自答した正行が「欲でもない、忠義でもない、もっと大きいんもんのために戦う」と答えを見出す様子は本作の見どころの一つで、珠城りょうの内側から絞り出すような台詞の一節一節が正行の苦悩と葛藤、そして達観を説得力を持って表現していました。

これに対し、美園さくらの演じる弁内侍は物見に出かけた正行に危機を救われた最初の出会いから正行との別れまでの間の揺れ動く心境を品格を漂わせながら演じ、珠城りょうと同様に今回で退団する節目の公演をより印象深いものとします。

四条畷の戦いで正行と正時(鳳月杏)は討ち死にするものの、末弟の正儀(月城かなと)は正行から南朝のため、楠木家のために生き延びるよう説得されます。今回で退団する珠城と後任となる月城との間のトップスターの座の継承を象徴する演出は、記念の物語にふさわしい仕掛けであったと言えるでしょう。

それとともに、後醍醐天皇(一樹千尋)の亡霊が草薙剣を手にして登場することで南朝が三種の神器を保持した史実を観客に伝え、楠木家の人々の台詞が河内弁を模すことで楠木氏が河内を地盤としていたという情報を聴覚的に教え、正行、正時、正儀が背負う箙に収められた矢の数がいずれも三本であったことで楠木三兄弟の暗喩し、さらには物語の冒頭に登場する正成の兜の前立てが三鍬形であることなど、細部まで丁寧に彫琢された演出は、物語をより洗練されたものにしました。

南北朝の統一に貢献した後の老いた正儀(光月るう)と弁内侍(夏月都)の回想を物語の始まりと終わりに置く工夫によって正行の最期の悲壮さを和らげ、未来への希望を抱かせるという構成も含めて、『桜嵐記』は珠城りょうの送別にふさわしいとともに、様式美を追求した抒情的な傑作となりました。

続く"Dream Chaser"はタンゴからK-POPまで構成の彩り豊かさが印象的であるとともに、最後に燕尾服で登場した珠城りょうの優雅で端正な佇まいと颯爽とした踊りは見ごたえのあるものでした。

第3部の退団者の送別の式典では組長光月るうの進行により珠城りょう、美園さくらなど退団者9名と専科に異動する2名の手紙の紹介や花束の贈呈と最後の挨拶などが行われ、新たな一歩を踏み出す仲間への激励が行われました。

そして、第3部で最後まで「劇場の皆さん、ライブ配信やパブリックビューイングで観ている方」と東京宝塚劇場だけでなく映像を通して鑑賞している視聴者にも謝意を示した珠城りょうの姿に、トップスターとしての心配りの細やかさの一端が実感されました。

退団者の送別はこれまで目にする機会がなかっただけに、今回、実況配信という形で広く鑑賞の機会が提供されたことは大変ありがたいものでありました。

<Executive Summary>
Stage Review: Takarazuka Revue's "Oranki" (Yusuke Suzumura)

The Tsuki Gumi of The Takarazuka Revue held a performance Oranki, staring by Tamaki Ryo, at the Tokyo Takarazuka Theatre on 15th August 2021.

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