「日本学術会議の人選問題」が懸念されるのは何故か

本日、加藤勝信官房長官が記者会見を行い、日本学術会議の新会員について、会議側の推薦した候補の一部の任命を菅義偉首相が見送ったことを明らかにしました[1]。

2005年に、日本学術会議に設置された選考委員会が連携会員からの推薦を考慮して選考する方式[2]が導入されて以降、日本学術会議の推薦が見送られたのは初めてとなります[1]。

日本学術会議の会員の人選は人々の日常の生活に直接関わる事柄ではありません。また、多くの研究者にとっても必ずしも密接な関係にあるとは言えないところです。

その一方で、加藤官房長官の発言には、注意すべき内容が含まれていたことも否めません。

すなわち、加藤長官は「これまでは、推薦された人をそのまま認めていたが、今回は、そうではなかったという結果の違いであり、対応してきた姿勢が変わるものではない」、あるいは「会員の人事などを通じて、一定の監督権を行使することは法律上可能になっている」と発言しています[1]。

前者について問題となるのは、1985年に従来の直接選挙から、日本学術会議の推薦に基づき首相が任命する方式に移行した際[2]の、政府の国会答弁との整合性です。

このとき、参議院文教委員会において、社会党の粕谷照美氏は、推薦制の導入により「独立性を侵したり推薦をされた方を任命を拒否するなどというようなことはないのですか」と質問しました[3]。

これに対し、内閣総理大臣官房総務審議官の手塚康夫氏は、以下のように答弁し、日本学術会議により推薦された者の任命の拒否する可能性を否定しています[4]。

私どもは、実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません。確かに誤解を受けるのは、推薦制という言葉とそれから総理大臣の任命という言葉は結びついているものですから、中身をなかなか御理解できない方は、何か多数推薦されたうちから総理大臣がいい人を選ぶのじゃないか、そういう印象を与えているのじゃないかという感じが最近私もしてまいったのですが、仕組みをよく見ていただけばわかりますように、研連から出していただくのはちょうど二百十名ぴったりを出していただくということにしているわけでございます。それでそれを私の方に上げてまいりましたら、それを形式的に任命行為を行う。この点は、従来の場合には選挙によっていたために任命というのが必要がなかったのですが、こういう形の場合には形式的にはやむを得ません。そういうことで任命制を置いておりますが、これが実質的なものだというふうには私ども理解しておりません。

「対応してきた姿勢が変わるものではない」という加藤長官の発言にもかかわらず、「実質的に総理大臣の任命で会員の任命を左右するということは考えておりません」という1983年当時の政府の国会答弁に照らし合わせれば、従来の姿勢の変化を示唆します。

従って、加藤長官の発言は必ずしもこれまでの「姿勢」と一貫するものではないと考えられます。

また、後者について、日本学術会議の設置の根拠となる日本学術会議法には政府の監督権に関する記述は明示されていません。

むしろ、日本学術会議法には「科学に関する重要事項を審議し、その実現を図ること。」と「科学に関する研究の連絡を図り、その能率を向上させること。」の二項に関し、政府から独立して職務をすこうすることが明記されています[5]。

もとより、加藤官房長官の発言は、1983年の国会答弁や日本学術会議法の規定を念頭に置いたものではないかも知れません。

しかし、これまでと同様の姿勢であったとしながら、過去の答弁や根拠法と一致しない措置が取られたことは、日本学術会議の独立性を脅かしかねないものです。

あるいは、人事で官僚を束ねた官房長官時代の菅首相の手法[6]を考えれば、会員人事を通して日本の学界の頂点をなす日本学術会議を統制しようとしているのではないかという懸念が生じるのも無理からぬところと言えます。

何より、「直ちに学問の自由の侵害にはつながらないと考えている」という加藤長官の発言[1]は、「直ちに学問の自由の侵害にはつながらない」ものの、「今後の改選の際に人事を通して学問の自由を規制する」という可能性を否定するものではありません。

その意味で、菅首相の決定は一人ひとりの国民の生活にも研究者の活動にも直ちに甚大な影響を与えないかも知れないとはいえ、いずれは一切の制約なく学問を修める余地を狭めることになりかねません。

今回の措置が懸念される所以は、まさにこの点に求められるのです。

[1]日本学術会議 会員の一部候補の任命を菅首相が見送り. NHK NEWS WEB, 2020年10月1日, https://www3.nhk.or.jp/news/html/20201001/k10012643361000.html (2020年10月1日閲覧).
[2]日本学術会議の設立と組織の変遷. 日本学術会議, 2019年, http://www.scj.go.jp/ja/scj/print/pdf/p70kinen.pdf (2020年10月1日閲覧).
[3]第98回国会参議院文教委員会会議録. 第8号, 参議院, 1983年5月12日, 14頁.
[4]同. 15頁.
[5]日本学術会議法. 第三条.
[6]苦労人 国政の主役. 読売新聞, 2020年9月15日朝刊37面.

<Executive Summary>
Why Do We Have a Concern for a Choice of a Member of the Science Council of Japan? (Yusuke Suzumura)

It is announced that Prime Minister Yoshihide Suga does not select some candidates for a member of the Science Council of Japan on 1st October 2020. It might be serious issue, since it is quiet different of the past answer of the Government in the Diet and implies academic freedom should be damaged in the near future.

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