あの人がそばにいない。あなたのそばに今いない。だからあなたは私を手放せない。
風を切る音がヘルメットの隙間からうるさい。
時速60kmで走る、真夜中の道は冷たい感じがする。
大学生になってやっと始めたバイトの飲み会があった、焼き鳥屋だったのにノンアルコールのビールで我慢した。
緩やかに曲がる道が続く。対向車はほとんど無いので、ハイビームを焚く、ずっと先が照らされているはずなのに、暗闇に今でも飲み込まれそうだ。
牛舎の牧草の、発酵している匂いがする。昼間とは違って、澄んだ匂いがするし、ばちばちっと正面から当たる蠅もいない。風が冷たい。
「いつでも来て良いからね。」と一緒のベットの中で彼女はつぶやいた。決して顔が整っているわけでは無いが、小柄で、ふわふわした着物に包まれた彼女は、本当にかわいい。
猫撫で声を運ぶ甘い吐息が顔にかかる。体温が少し高くて、触れ合う額がとっても熱い。
2日前、僕は彼女に告白をした。言葉を発する瞬間こそ緊張したが、「付き合ってほしい」と言った、その時にフラれてしまうんだろうなという確信があったからだろう、奇妙なほど落ち着いていた。
彼女の家の真っ白な床で布団を被って告白をして、そのまま寝た。フラれたが、傷つくことはなかった。
目玉焼きのような、オレンジの常夜灯をつけておかないと眠れないらしい。暗くないと寝れない僕がスイッチを押して、真っ暗にすると、怖がってぎゅっと腕を抱き締めてくる。暗闇が本当に怖いんだろうか、別のものを怖がっているんじゃ無いか。
「キスしたら、飽きちゃうでしょう?」フった男になんでこんなことを言うのだろう。好きでも無い男なら、飽きられてもどうでも良いじゃ無いか。触れ合う彼女の髪の生え際はびっくりするほど熱くて、足先はひんやり冷たい、この人の心には大きな穴がぽっかりと空いている、その寂しさを紛らわすには僕のような人が必要なのかもしれない。
僕を包む風はとても暗い。ヘルメットの隙間から入る風の音、エンジンの音は、すごくうるさいはずなのに、何も感じない。原付にまたがる体がずっしりと重い。
いじめられている子がいる。僕は自分の正義感に任せて、人助けをする。その場では、助けてあげた満足感、充足感に酔ってとても良い気分になる。
今更気づく。自分のための人助けだったのだ、と。助けることは手段でしか無くて、本当の目的はこの満足感だったのだ、と。エゴイズムの塊でしかない自分に嫌気が差し、どうしようもない程気持ちが悪いと思った。
彼女は2ヶ月前に他の男の人と別れた。1年半くらい付き合った、別れ話を何度もした、疲れる恋愛だった、自分が尽くすのに疲れ切ったのだ、と教えてくれた。だから今はもう人と付き合いたく無いのだ、あなたをフったのはそのせいで、君は何も悪く無いんだよと言う。
「キスはしてくれんと。」彼女はつぶやいた。シャンプーの果実のような甘い香りが、僕を誘う。
一緒のベッドで初めてのキスをした。口付けという言葉がぴったりなとても淡白なキスだった。喜びでいっぱいのはずのキスは何か物足りない気がして、もう少し、もうすこしと、何度も繰り返した。繰り返すうちにキスの時間はどんどん長くなっていって、舌を絡ませた。
甘い、ねっとりとしたキスだった。互いの舌を絡ませる、濃厚なキスなのに、何か物足りない気がした。「キスしたら飽きちゃうでしょう?」
あなたの心の穴を埋めるために僕はいるのでしょう。あなたを愛してしまっている僕が傷つくことはないでしょう。けれど、寂しさを紛らわすため、
道具のように僕を扱うあなたは、あなた自身を嫌いになってはしまいませんか。
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