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『嗚呼! 親愛なるヒゲのおじさん〜時空を超えた、真夜中の対話〜』

「“ヒゲのおじさん”と言えば誰?」と問われれば、そこで思い浮かべるのは人それぞれだろう。

ぼくの場合は、やっぱりこの人の姿がまず浮かぶ。

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そう、誰もがご存知、みんな大好きなウイスキー・ブラックニッカのキャラクターである“ヒゲのおじさん”だ。

この「ブラックニッカ クリア」を毎晩飲むのが“ニッカ”となっている……なんて、いきなり寒いジョークを飛ばしたいわけではもちろんない。自粛生活にともない、“ヒゲのおじさん”と毎日会えるのはうれしかったけれど、日に日に本数が増えていったのは、まるで“ブラック”ジョークのようでもあった……。

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けれども大好きな“ヒゲのおじさん”。かなりご年配のようだが、ちょっとした散歩でも遠出でも、どこでも一緒だ。

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ぼくにとって、かけがえのない相棒なんである。  

そんな彼が、ある日とつぜん姿を消した。

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これはどうやら、かの有名な、ルパン三世の仕業らしい(https://bit.ly/363txR2)。

ビックリはしたが、ウイスキーはウイスキー。いつもどおり美味しくいただいていた。
ところがだ、やはり“ヒゲのおじさん”がいないというのはどうにも寂しい。自粛期間とはいえ、完全に独りぼっちだ。

ということでぼくは、ぽっかり空いた“ヒゲのおじさん”のいつもの居場所に、若かりし日の彼の姿を想像して、描いてみることにした。そうすることで、いまいくつなのか分からない“ヒゲのおじさん”の、これまでの軌跡が見えてきたのだ。

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これは10代後半頃の“ヒゲのおじさん”。まだヒゲは生えていない。
本人に聞いてみると、もともとはヒゲが生えない体質だったらしい。いつからあんなに男性ホルモンがムンムンな、魅力的な紳士になったのか……。

とうぜんながら(?)当時の彼はウイスキーはもちろんのこと、未成年とあってお酒は飲んだことがなかったみたい。好きな音楽はJ−POP全般で、大学2年生の彼はダンスサークルに所属し、後輩の女の子に恋をしていた。右目の泣きぼくろが印象的で、笑ったときのえくぼがとてもチャーミングな子らしい。

そんな話を聞いていると、気がつけば空が白んでいた。

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これは20代後半頃の“ヒゲのおじさん”。だいぶイケてる感じ。
だけど当時もまだヒゲはほとんど生えなかったらしい。じゃあいったいいつ、男性ホルモンの急激な変化があったのだろう……。

有名私立大学を中退し(けっきょく後輩にフラれ、それが原因となった)、定職には就かずいくつもののアルバイトを転々としながら、この頃はクラブイベントのオーガナイザーなどをやっていたのだという。女の子にすごくモテたことなどを自慢された。

大学中退に関しては、「まったく親泣かせだろ? けどよ、大事なのはNOWだぜ」なんてことを口にしていた。正直あんまり話は盛り上がらず、「仲良くなれそうにないな……」とぼくは心の中でつぶやきながら、愛想笑いを浮かべつつ、ともに夜を過ごした。

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これは30代後半頃の“ヒゲのおじさん”。いっきにヒゲが!
やっぱりモテたことで、男性ホルモンが放出されたのだろうか?!

けれども20代からの荒れた生活のせいか、ずいぶんとくたびれて見えた。それにお腹もぽっこり。まあそれはそれで、愛嬌を感じもさせた。あの20代後半頃の“イケイケ感”にはついていけなかったものだから、これくらい落ち着いている方が付き合っていて楽しい。

とはいえ当時の威勢の良さは鳴りを潜め、泣き言ばかり口にする。
年下のぼくが背中をさすってやりながら悩み事を聞いてあげていたところ、唐突に、「ケツを蹴ってくれないか? 容赦はいらん。若い君から、ひとつ喝を入れて欲しい」と言われた。

ぼく自身はあまり気乗りしなかったけれど、そのお仕置きを覚悟したポーズをとる中年男性のケツを、豪快に蹴り上げてやった。

「気合いが入ったよ。ありがとう」と、“ヒゲのおじさん”は目に涙を浮かべながら口にしていた。

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これは40代後半頃の“ヒゲのおじさん”。なんだか勢いを取り戻した模様。

そのおヒゲも立派なもので、聞けば、ぼくの“気合い入れ”が響いたらしく、直後に起業。小規模ではあるものの、IT企業の社長として従業員を抱えているらしい。そのかたわら、キッズ向けのダンススクールも開いていて、この二足のわらじでの活躍ぶりに、メディアからインタビューを受けることもしばしばだとか。

「君のおかげだよ。あのとき喝を入れてくれたからさ」とぼくにいう。その目には、光るものが見て取れた。
「大学は中退したけどさ、おれはあそこで情報電子学を専攻してたし、ダンスサークルにも一生懸命になってた。人生にムダなものはないよ」そう誇らしげに語る彼。40歳を過ぎた頃、いまの奥さんと運命的な出会いを果たして結婚したみたい。彼の笑顔から、さぞ幸せな家庭であることがうかがえた。

「こっからもうワンステップ上にいきたい。たのむ。遠慮はいらないから、またケツを蹴ってくれないかい?」

さすがに年齢も年齢である“ヒゲのおじさん”。ぼくはためらいはしたものの、彼にお世話になってきたことを思い出し、その申し出を受け入れた。

──クリティカルヒット。

“ヒゲのおじさん”の顔が、青ざめているように見えた。

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これは50代後半頃の“ヒゲのおじさん”。ぼくを見るなり怯えた様子を見せる。

話を聞けば、40代後半のときにぼくに入れられた蹴りで、尾てい骨にヒビが入ってしまったらしい……。
ぼくはとりあえず謝って(正直、自分が悪いとは思えなかったけど……)、お互い俯きながら、彼のここ10年ほどの話に耳を傾けた。

仕事がとにかく忙しく、大変みたい。65キロあった体重が、いまでは52キロしかないらしい。会社内では社員たちの「社長のヒゲ、キモい」という陰口が飛び交い、ダンススクールではキッズたちから「先生のヒゲ、超ウケる!」などとストレートに言われているらしい。

「大人と違って子どもはいいよ。正直だから。大人は体裁ばかりを気にして、陰で他人を貶める。年齢を重ねれば重ねるほど、世知辛い世の中になってくよ」

ぼくは何も言葉が出なかった。もちろん、再びケツを蹴り上げることも。
ダンススクールの生徒の中には、彼を“ヒゲのおじさん”と呼ぶ子たちがいるらしい。
なるほど……!

ところでヒゲは立派だけど、なんかマジで、いろいろ大丈夫か……?

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これは60代後半頃の“ヒゲのおじさん”。なかなかの貫禄。
いかにも“生涯現役”が座右の銘だとでも口にしそうな立派な紳士。そのまぶしい姿に、思わずぼくも嬉しくなった!

人生は波乱万丈、紆余曲折。この10年間、とにかく彼が守り続けてきたことは、“ヒゲを剃らないこと”だったらしい(ほかに努力したことなど聞いてみたかったけど、その貫禄に圧倒されて、少々バカバカしい話に耳を傾けた)。

そもそも40代の頃、彼がメディアに登場するたびに、「ヒゲが素敵!」なんて言葉が数多く出たらしい。“ヒゲ”をクローズアップした男性誌でも、人気俳優などの次のページに彼が載ることもあったんだとか。それもあって、彼にとっては、“ヒゲ=アイデンティティ”ということだったみたい。

そのうち、ダンススクールの生徒たちから、“ヒゲのおじさん”と呼ばれるようになって、全体に定着。会社でも自ら「私のことは、“ヒゲのおじさん”と呼んでくれたまえ!」なんて言ったらしい。
これが、会社内での確固たる“社長”という立場を、若い社員たちとフラットな関係にし、結果オーライ。
しかも、かなり良いタイミングで、テレビの『あの人は今!?』的な番組から出演オファーがあり、“ヒゲのおじさん”の存在は全国区に。

人生は、本当に何があるか分からない。

そうしみじみ思いながら、“ヒゲのおじさん”のちょっとした自慢話を微笑ましく聞いていた。

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そしてある日、“ヒゲのおじさん”が帰ってきた。いつもの“ヒゲのおじさん”!

20代後半頃の彼と対話したことなどが、遠い日のことのように思われた。
ところが、彼にこれまでどうしていたのか聞いてみても、いっさい記憶にないらしい。学生時代の話や、人生の栄光と挫折、そして再起……そんなことを問いかけてみても、まったく覚えていないらしい。

そんな彼が、自慢のヒゲをなでながら、ゆったりとした口調でぼくにこう言った。

「重要なのはNOWだよ」

人は歳をとる。そしてそのたびに、これまでの自分を捨ててゆく。彼もいつからか、そうしてきたんだろう。こうして誰もが知る“ヒゲのおじさん”が、ぼくのもとに戻ってきた。

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これからも、いつでも一緒なんである。

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