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書評

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#検事

書評 #81|復讐の協奏曲

 『復讐の協奏曲』でも、主人公の御子柴礼司は奔走する。その姿はさながら探偵のようだ。  魔の手は意外な人物へと手を伸ばす。仲間という感情的な言葉が使われることはないが、部下でもある日下部洋子のために身を削る。シリーズにおいて一定の心理的距離が存在した保護者と被保護者。その壁が壊され、距離が縮まったことによって過去の作品とは異なる趣を湛えている。それは冷血漢が見せる人間味と成長の証でもあり、作品に深みをもたらす。  本作は独立しているが、同時にシリーズを貫く一つの事件を起点

書評 #80|恩讐の鎮魂曲

 どこまでも論理的。その舌鋒も鋭利な刃物のようだ。御子柴礼司。彼に相対する組織や人々は敵を討伐するかのごとく、法廷に関連したあらゆる場所で攻勢を仕掛ける。その憤怒や憎しみを時に受け流し、歯に衣着せぬ言葉で跳ね返していく姿は実に痛快だ。  『恩讐の鎮魂曲』は中山七里の他作品と同様、作品という名の器にさまざまなテーマが含まれている。御子柴礼司本人が代弁する罪人の更生と贖罪。介護現場が抱える不条理。それらが織り成す複雑な人間模様が重厚な舞台を作り上げる。  その舞台を闊歩する御

書評 #62|悪徳の輪舞曲

 序盤から物語の根幹を成すと思われる展開が読者の度肝を抜く。その光景は強烈な印象を残す。それはどこからどう見ても真実としか思えないからだ。真実は果たして真実なのか。中山七里の『悪徳の輪舞曲』は「想像を超えることを期待する旅」と言えるのかもしれない。  その旅の道先案内人は御子柴礼司。人を殺めた過去を持つ弁護士だ。物語の構成要素として殺人を扱うことは珍しくないが、その加害者が読者の視点に立つことに物珍しさと同時に違和感を感じる。熱い氷を食べているような不思議な感覚だ。しかし、

書評 #61|検事の死命

 『検事の死命』は現実的である。言い換えれば「生々しい」。主人公である佐方貞人の人間性を丁寧に描いていることはもちろんのこと、登場する人々の心の機微が文字として浮かぶ。そこには清濁がある。影が差すからこそ、光の美しさや力強さに眼が奪われる。そんな陰影に感情が移ろう。  そこに意志があるからではないか。正義の定義は千差万別だろう。その正義を果たそうとする猛々しさが引力として読者の心を引き込んでいく。「届かない手紙」といった舞台設定も秀逸だ。突飛とまでは思わせずも、確実に読者の

書評 #60|テミスの剣

 真実を救えるか。それが『テミスの剣』のテーマである。真実の追求は司法が果たすべき役割の一つではあるが、法の遵守は真実でなくとも成立し得る。その事実を通じ、法と果ては人間の不完全性が描かれる。  警察、検察、裁判官。多様な視点から冤罪事件とそれにまつわる人々を見つめる。重厚な物語ではあるが、軽やかな展開に身を任せた読者は多いのではないか。逆転に次ぐ逆転。読者もまた、清濁を併せ持った流れの中で価値観を問われる。満天ではないが、最後に差す光に希望の色が滲んだ。

書評 #58|検事の信義

 印象に残った言葉がある。 「機械的に法律を適用することが、必ずしも正義だとは限らない」  『検事の信義』は水と油が分離するかのような狭間を描いている。原則に抗う姿勢こそが、作品と主人公である佐方貞人に魅了される要因だろう。常人が踏み得ない一歩を差し出すことは勇気であり、希望でもあると感じる。そして、それは時に忍耐でもある。 「俺は、恨みは晴らさないが、胸に刻む主義だ」  佐方の上長である、筒井義雄の言葉は大木の年輪のように重厚であり、厳かである。威厳は強引ではない。

書評 #44|最後の証人

 交差する二つの事件。その二つが交差する旅路が柚月裕子の『最後の証人』だ。隔たる距離。歩みを進めるかのように、その距離が縮まっていく。  社会に秩序をもたらす法の番人たち。どんな組織にも多少の不条理は存在する。人を裁く意味。そこに真の罪はあるのか。それはまやかしか。社会的な立場や地位によって歪む正しさ。それが本著の核であり、鈍い熱を読者へと放ち続ける。  「法より人間を見ろ」という言葉は太陽のような存在感を醸す。「人間」とは人の心を指す。物的証拠や事実は心を映し得るが、具

書評 #43|検事の本懐

 読者は前へと進み続ける。『検事の本懐』の文体にその前進を促す力がある。着飾ることのない、実直な魅力を佐方貞人は持ち合わせている。高いIQとEQを兼ね備え、事件の核心を探し求める。  物語が魅力的であることは間違いない。しかし、真実の探求に垣間見える、主人公の凛とした佇まいが作品に揺らぐことのない芯を通している。組織、個人、過去。それらに絡まった複雑な糸を佐方は解いていく。その描写に本著の力が宿る。 「人間性に年齢は関係ない。その人間が持つ懐の深さは、生きてきた時間の長さ