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書評

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2021年5月の記事一覧

書評 #42|逆ソクラテス

 伊坂幸太郎の『逆ソクラテス』は少年少女の視点を読者に届ける。そこから見つめる世界は常識や偏見などの定形であふれている。それは社会の大多数を占める大人たちによって決められたルールであり、そこに人々が集う。『逆ソクラテス』はその群れの内と外を行き交う。物語には苦味がある。しかし、著者特有の軽快な筆致により、最後には清涼感が突き抜ける。  本著は大人たちの襟も正す。子どもたちが持つ無限の可能性。それは大人たちの言葉や行動一つで芽吹く形を変えてしまう。生まれたての果実のような、強

書評 #41|暴虎の牙

 激しさの中に虚しさが込み上げる。柚月裕子の『暴虎の牙』は広島を舞台とした警察、暴力団、愚連隊による三つ巴の攻防を描く。  光ではなく、影を選んだ人々の物語。破壊の衝動は連鎖し、膨張していく。泥沼のように燃え続ける怒りは象徴的な結末を迎える。時代の変遷と個人主義。ダークヒーローとして圧倒的な存在感を発揮する沖虎彦に、組織とは相反する個人主義の香りが漂う。  非日常的な犯罪と暴力の世界に身を預けながらも、そこには日常の風景とのつながりが浮かぶ。そこには情けがあり、義理がある

書評 #40|欧州 旅するフットボール

 フットボールは風であり、空気である。その風に乗り、世界中の空気に触れる。僕はそんな旅を続けたい。豊福晋の『欧州 旅するフットボール』は理想の旅を疑似体験できる。  色彩に満ちた冒険はバルセロナから始まり、世界中を駆け巡る。軽やかでありながら、その文体には著者の内からほとばしる感情が詰まっている。それはフットボールに対する哲学であり、愛情である。紹介される地の酒と郷土料理の数々。それらの描写によって、血流が早まるような感覚を覚えた。「生き生き」とする。月並みだが、そんな感想