マガジンのカバー画像

書評

97
運営しているクリエイター

2020年10月の記事一覧

書評 #12|幻夏

 怒涛のように刺激が繰り出される。生きる希望を示しながらも、姿を消した少年。二十三年の時を経て交差する失踪。血も流され、危険な香りが漂う。太田愛の『幻夏』はその圧倒的な舞台設定で読者を物語の奥深くへと引き込む。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。  失踪した少年と最後の一夏を過ごした相馬。少年の母から命を受けた鑓水と配下で動く修司。刑事の相馬、探偵の鑓水。異なる視点から描かれる道筋は作品に適切な緩急をもたらす。  

書評 #11|下町ロケット ゴースト

 人間の本質。池井戸潤の作品に通底するテーマだ。 ものづくりには人の精神が宿る。『下町ロケット ゴースト』でも登場人物たちが縦横無尽に自問自答し、それぞれにとっての答えを見出そうとする。正解はない。答えを求める過程に人柄が映る。その濃淡が本作の醍醐味だ。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。  濃淡の中にも不文律は存在する。それは仕事の対象だ。顧客は何を求めているか。そこに思考を巡らせる。その源は「お前らしさ」や「オリ

書評 #10|ライオンのおやつ

「生きることは、誰かの光になること」  小川糸の『ライオンのおやつ』はこの言葉に集約される。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。  人の生死を扱った本作。重厚なテーマを手触りの良い文体と軽妙なやりとりによって包み、読者の心を開く役割を果たしている。  「死が受け入れられない事実を受け入れる葛藤」。主人公である海野雫に訪れる死への緩やかな流れ。死とは無縁の描写から過ぎ行く時間の感覚や身体の変化が生々しさと軽やかさを

書評 #9|デッドエンドの思い出

 最後に読んだ吉本ばななの作品は『キッチン』だ。細部は覚えていない。しかし、高校生の僕は作品から「生死の境界線の薄さ」を感じ取り、その感触は今も確かな存在感を放っている。この後の文中では『デッドエンドの思い出』の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。  先に述べた印象は本作の読後も鮮明に浮かび上がる。高校時代に受けた感覚にずれはなかったのかもしれない。親しみやすい口語と丁寧な内面描写が作品全体にしなやかな印象を与える。その文章の柔らかさに包

書評 #8|下町ロケット ガウディ計画

「物事を上手くやるために必要なこと。第一に愛、第二に技術」  サグラダ・ファミリアやグエル公園を生んだアントニ・ガウディは前述の言葉を残した。『下町ロケット ガウディ計画』に彼の名が冠されているが、この言葉はものづくりに通底する真髄とも言える。本作におけるガウディの紹介は限られているが、読後にその印象を強く持った。この後の文中では作品の核心や結末が示唆されているため、気になる読者は読むのを避けてもらいたい。  池井戸潤の作品に見られる起承転結は健在だ。主人公である佃航平が