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第1話 楽死屋グリム






 錆びた鉄格子の隙間から、窓の外の景色を眺める少年グリム。

  グリムは綺麗な金髪と朧げな青い目でいつもどこか遠くを見つめている。  

古びた木のドアが開き、牢屋の様に何もない部屋にスキンヘッドの中年の大男が入ってくる。  

鉄格子にかかる白いカーテンだけが、この牢屋の様な重苦しい部屋の雰囲気を和ませていた。  

彼の名はクロウ。
彼もまた朧げな目で、グリムを見つめる。




クロウ 「グリム。仕事だ」
 安堵感のある低い声で、グリムに声をかける。

グリム 「ああ。わかった」

 華奢な身体を重そうにしながら立ち上がる。
年期の入った黒い革の手袋をつけ、
外の景色を眺め、グリムは寂しげな表情をして、椅子にかけてある薄汚れた白いシャツを羽織り、クロウと共に部屋を出た。





 外にある、タイヤの周りに泥のついた古い黒のボルボに乗り込む二人。 
クロウ 「靴の泥は払ってから乗れよ」
 グリムは車についた泥を見る。
グリム 「この泥はいいのかよ」 
クロウ 「外見はいいんだよ。泥がついてるくらいがちょうどいい」 
グリム 「おじさんの考え方はよくわからないな」 
クロウ 「40過ぎればお前にもわかるよ。出発するぞ」  
シートベルトをして、ドアの上の取手をしっかり掴むグリム。 





クロウ 「大丈夫か?」

グリム 「ああ」

 アクセルを優しく踏み込む
エルヴィスの監獄ロックをかけるクロウ。 

グリム 「いつもこの人の歌で飽きないのか?」 クロウ 「40過ぎればお前にもわかるよ」
グリム 「またそれかよ」

軽いため息をついた後、外の景色を眺めるグリム。信号待ちの車内で、グリムは親子が手を繋いでいるのを、感情のない目で眺める。




グリム 「なあ」

クロウ 「なんだ?」

グリム 「人と手を繋ぐって、どんな感じなんだ?」  

少し間をあけて話始めるクロウ。 

クロウ 「さあな。手なんて何年も繋いでないからな。忘れちまった」 

グリム 「そこは40過ぎればじゃないのか」 
クロウ 「はは。そうだな。まあ忘れる程度って事なんじゃないのか」 

グリム 「そうか」  





横目で寂しげな顔をするグリムを見て、
何か言おうとするが、やめるクロウ。  
無言の車内にエルヴィスのラブ・ミー・テンダーが流れる。

二人の乗った車が、立派な門を構える屋敷の前に到着する。

クロウ 「ここだ」
 車を降りる二人。バンっとドアを閉めるグリム

クロウ 「なあ、ドアは優しく閉めてくれ」
グリム 「あんた。見た目に似合ってないよな。その性格」
クロウ 「元からこの見た目な訳じゃないからな。とにかくドアは優しく閉めてくれ」
グリム 「はいはい」




 大きな門のベルを鳴らすと、重たそうな門が重厚感のある音をたてながら開いた。  
門の中には、綺麗に手入れをされたガーデニングが広がっているが、
二人は特にガーデニングには目を向けず、無言で屋敷の玄関まで歩く。  

ノックをすると、オートロックの鍵が開き、中から「どうぞ。」と声が聞こえた。
クロウが玄関の扉を開けると、大理石の床と高級そうな家具が並ぶ室内に、車椅子に乗った品のある老婆が出迎えた。





老婆 「あなた方が楽死屋ね?待っていたわ」  
ビビットな黄色のタートルネックを着た上品な服装と、穏やかな声色で二人を迎える老婆。  二人は無言で頷き、屋敷の中に入る。

老婆 「どうぞこちらへ」  
老婆は自動の車椅子を器用に動かし、だだっ広いリビングを抜けて、二人を寝室に案内する。  

老婆一人にしては大きすぎるほどのベッドの横に車椅子を止めた。 

老婆 「ちょっと、手伝って頂けるかしら?」

クロウ 「ああ」
 クロウは車椅子から、老婆を軽々抱き上げ、ベッドに寝かせる。 





老婆 「ごめんなさいね。もう一人ではこんな事もできないのよ」  
老婆は笑いながら言うが、その笑顔は気遣いなのだと、少年のグリムもわかっていた。 

クロウ 「家族は?」 
老婆 「今日は誰もいないわ!お手伝いさんもお休みさせてるので、、、、」  
周りを見渡すクロウ。
グリムは無言で下を向いている。

老婆 「それ、依頼金です」
 大きな銀のアタッシュケースが置いてある。  クロウは中身を確認せずに、アタッシュケースを取り寝室から出た。





老婆 「中身を確認しなくていいの?」 


クロウ 「あなたの目を見ればわかる。そんな野暮な事はしない」  

老婆は口角を少し上げて、「ありがとう」と会釈をした。 

クロウ 「グリム。俺は車の中で待ってる」
 屋敷を出るクロウを目で追うグリム。  

グリムは不安げな顔をするが、すぐに表情を戻し、老婆の近くに歩いていく。 





老婆 「よろしくお願い致します」


グリム 「あんた。本当にいいのか?」

 老婆は深く息を吸った。 

老婆 「ええ。でも。もしよろしければ、少し話を聞いて頂ける?追加料金は払うわ」 


グリム 「金はいらない」

老婆 「どうもありがとう」





 老婆は目を閉じ、少し微笑んだ後に、ゆっくりと話を始めた。 

老婆 「主人が亡くなって、もう十年くらい経つの。私主人をとても愛していたわ」  

ベッドの横に、高そうな額に飾られている写真を見ながら話す老婆。

写真には老夫婦と三人の子供が笑顔で写っていた。 

老婆 「子供達もね、三人仲良しで、家族五人で旅行に行くのが毎年の楽しみだったわ」





老婆は大きく唾を飲み、目を閉じ、声を震わせながら涙を流した。  


グリムは黙って聞いている。 


老婆 「主人は、事業が成功して、こんな立派なお屋敷と遺産を残してくれたの。でも主人が亡       くなってから、子供達はね、仲が悪くなってしまって、私もこの通り、歩けなくなってしまったから、子供達の傍に駆けつけてあげることもできなくなって、、、、」 


グリム 「ゆっくりでいい」






 老婆はハンカチで涙を拭き、深呼吸して頷く。 

老婆 「家に来ては、私の世話の事や、遺産相続の事で揉めていてね。もう私、迷惑をかけたく       なくて、、、、」




グリム 「あんたが死んだら、三人は仲良くなるのか?」 







老婆 「・・・・。わからないわ。でも、遺産は三人で分けるように手紙に残してあるし、私の       世話の心配もなくなる。それに、、、、 私自身がもう疲れてしまってね。主人のいない人生は、花のない花瓶のようなものでね。早く主人に会いたいの」 




グリム 「死んだら、主人に会えるとは限らないだろ?」 


老婆 「そうね。でも、きっと会える。私は、そう思うの」 





グリム 「そうか、、、、じゃあ、俺も、、、、あんたが主人に会えるのを願うよ」  

優しくグリムに微笑みかける老婆 

老婆 「長々とごめんなさい。聞いてくれてありがとう。あなたはとても優しい子ね」 





グリム 「優しくなんか、、、、ない。俺は、、、、人殺しだ」 





老婆 「いいえ。あなたのおかげで私は、楽に逝けるわ」  


老婆の言葉でグリムは過去を思い出した。


「あなたのおかげで、楽になれる。ありがとうグリム。愛してる」  



手を震わせ、動揺するグリム。





老婆 「大丈夫?」



グリム 「、、、、ああ。大丈夫だ」



少し息を荒げながら、革の手袋を外すグリム。



グリム 「目を閉じて」






 老婆は恐怖心も、後悔もないような穏やかな顔で、そっと目を閉じた。





老婆 「ありがとう」







 グリムは老婆を見つめ、
そっと涙を流しながら、老婆の手を握る。






グリム 「さようなら」  





老婆の顔から、優しく穏やかに生気がなくなっていく。

まるで日向ぼっこをしている様だった。



老婆の手は、グリムの手を握り返す事はなく、


 
グリムは握った手をただ茫然と眺めた。




2話に続く

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