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甘い香り

渋谷の酒場で小さなグラスに一杯目のビールを注ぎ込む。
一気にそれを流し込み、あなたと乾杯できる幸せを祝福!したと思った次の瞬間にはトイレの中に顔を突っ込んでいたりする。
ああ、なんてもったいない。
あなたの話も、あなたの表情も、後から来たあの子のこともよく覚えていないのだから。
担ぎ込まれたベッドの上で目を覚ました日は、いつも激しい自己嫌悪。
強烈な吐き気に圧倒された後、口内に広がる酸っぱい臭いで最低な気分だ。
寝心地が悪いと思った時は、決まってズボンのケツポケットに数本の撮影済フィルムが入っている。

水を大量に飲ませてもらい、ふらつく足でビッグカメラ宮益坂店に行く。
どこぞの喫茶店で半目になりながらコーヒーを飲んで現像を待ち、受け取る頃にはだいぶ回復している。
あー、きっと楽しかったんだな昨日の俺。家に帰る途中の電車の中でコンタクトシートをぼんやりと眺めた後、VANSの靴箱の中にそれらをしまい込む。
次にいつ見るのかも分からず、靴箱は何箱も満杯になっていった。

いつだか帰国した時、何箱か持って来た靴箱を久しぶりに開けた。
口中に広がっていた酸っぱい臭いは数年熟成されて甘い香りに変わっている。
その香りは一瞬で僕をその瞬間へ連れ戻そうとするけど、
僕がいたその場所がどこなのか思い出せないほど時間が経ってしまった。
渋谷にはもうしばらく帰っていない。

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