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パパの通信簿(後編)

*前編はこちらです



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ピアノのある音楽室に移動する。出迎えてくれたのはロングのプリーツスカートと白いブラウスが似合う清楚な女性。こどもの頃の記憶がよみがえる。


「おまえが言えよ」
「やだよ。おまえがやろうっていったんじゃんか」

「あら、どうしたの? 二人そろって」
「あ、あの…えっと、ぼくたち、歌の練習をしたいと思って。それで…」

大好きなゆかり先生に少しでも近づきたくて。でも理由がなくて。好きでもない歌の練習をしてもらうことにしたんだっけ。

「あら、うれしい! じゃあみんなで一緒に歌いましょ」


思い出は美化されるっていうけれど。あのときのゆかり先生の笑顔を超える笑顔にはいまだに出会ってない。


「パパ、なにニヤニヤしてるの? 初恋の人でも思い出してた?」

う…さすが敏腕営業マンの春香。するどい。


「パパ、ぼくたちの番だよ」

ぼくたちの番?? ああなるほど。かえるの歌を輪唱するのか。

かえるの歌が 聞こえてくるよ〜

       かえるの歌が 聞こえてくるよ〜

              かえるの歌が 聞こえてくるよ〜

トップバッターは健太。「あなたは音痴だから」と強制的に真ん中にさせられる。トリは春香だ。

ゲロゲロゲロゲロ クワックワックワ

最後まで歌いきれたことにほっとしていると春香の声が聞こえてくる。こんなにきれいな歌声だったっけ…。

歌い終わった春香が振り向く。「あら? 見とれちゃった?」

…う、やっぱりするどい。何も言いかえせず赤面しながら席に戻る。


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し…しまったーーー!!! 


当日は動きやすい服装でいらしてください、ってこれのことだったのか。シャツとズボンは仕事用のものだし、ごていねいにネクタイまでしてきてしまった。体操着を忘れてきてしまったときの記憶がよみがえる。あのときはたしかとなりのクラスの友達に借りたんだっけ。

とりあえずネクタイを外して袖をまくって…と。これでいいだろう。


と思ったが、大間違い。よりによって今日の授業はドッヂボールらしい。ボールをよけるだけならなんとかなるが、それじゃあ勝てない。こうなったらもう腹をくくるしかない。10万円もする高級スーツをダメにする覚悟でボールをとりにいき、思いっきり投げる。

ドンっ


鈍い音がしてみんなの動きがとまる。次の瞬間、校庭に鳴き声がひびく。

う…うわ〜ん💦


どうやら健太のなげたボールが頭にぶつかってしまったようだ。まずは向こうの親御さんに謝るべきか…いや、やっぱり子供が先か。そんなことをぐるぐると考えているうちに、健太は泣いている友達のところへまっすぐ歩いていく。


「まさとくん、ごめんね。」


友達の頭をなでながらなんどもあやまる健太。あの泣き虫だった健太が。いつも春香のうしろに隠れていた健太が。成長したなぁ。ふと、道で人にぶつかってもなにもいわず会釈もしない自分を思い出し、恥ずかしくなる。


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「いっただっきま〜す」


目の前に置かれた給食を見て、思わず少な…とつぶやいてしまう。でもまあしょうがないい。小学生が食べられる分量はこのくらいなもんだろう。


「お魚、ぼくのぶんもあげる」


うん、と言う間もなく、お皿に魚がのせられる。

「いいのか? 健太だっておなかすいてるだろう?」
「だってパパの好きなお魚でしょ?」

うぅ…。

うちの子はなんていい子に育ってくれたんだ。ナイチンゲールも顔負けの優しさだ。親バカと言われたっていい。勉強ができなくっていい。この優しさがあればきっと健太は幸せになれるはずだ。


涙がでるのをとめようと上を向いていると、戻ってきた春香と目があう。

「ん? からし?? つーんとした?」

男のほうがロマンチストだというのは、ほんとらしい。


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5時間目はテストか。これは子供がやるものだよな? そう決め込んで窓の外を眺めていると目の前に問題と解答用紙が配られる。え? 僕がやるの?

なになに…。

第一問。健太(けんた)くんの好きなたべものはなんですか?
第二問。健太(けんた)くんのきらいなたべものはなんですか?
第三問。健太(けんた)くんの好きなじゅぎょうはなんですか?
第四問。健太(けんた)くんのきらいのじゅぎょうはなんですか?


な、な、なんだこりゃー!


健太についての質問が30問。そのうち正解がはっきりとわかったのは誕生日だけ。好きな食べ物も身長もわからない。電車が好きなことなんて問題をみて初めて知った。

解答用紙を見ながら、健太が楽しそうに○つけをしていく。春香ははなまるがたくさんついている。自分のは…みたくない。


「はい、パパ」

まっかになった解答用紙を手渡される。

正解は…3つか。点数にしたら10点以下。赤点だ。今日はこのまま残って補修か? いや、そんなことより健太にあわせる顔がない。

そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、いつの間にか健太は春香のひざのうえで眠っている。


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「パパ、ママのみなさん、今日はありがとうございました。最後に通信簿をお配りしますね」


通信簿


https://www.microsoft.com/ja-jp/office/pipc/template/result.aspx?id=11626

こんなにダメな父親なのに。健太のことなんにも知らなかったのに。やっぱり優しい子だ。


...ん?

「おさかな食べてくれて、ありがとう」ってなんだ?



春香が通信簿をのぞきこんでくる。

「あら、今日のお魚、あなたが食べたの?」
「パパが大好きだからって…」
「実はね、あの子、お魚がきらいなのよ」


いい子に育ってくれた…。

ナイチンゲールも顔負け…。


くっそ〜! 健太のやつ、ハメたな!!!


健太をみると薄目をあけてにやにや笑ってる。

「こらっ! うそ寝してるだろ〜」
「だってぇ…おこられちゃうと思ったんだもん」

まったくかわいいやつめ。


「うそをつくのはいけないことだ。でもパパの好きな食べ物を覚えててくれたから100点満点だ。今日は健太の大好きなハンバーグにしような」
「あら、それはパパの大好きなものでしょ」
「ぼくもだーいすきだよっ! でもハンバーグよりもパパとママがだーいすき」


これが幸せっていうものなのかな。


「パパ、なにぶつくさ言ってるの?」
「パパ、なにぶたぶた言ってるの?」

「じつはな、パパはぶたぶた大魔王なんだ。みんなもぶたさんにしちゃうぞー! ぶひー!」


(おしまい)


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大人が、

・子供と対等な立場で学べて、
・子供のことを知れて、
・子供のころの気持ちを取り戻せる。

そんな学校があったらいいな。という気持ちで書いてみました。最後までご覧いただき、ありがとうございました。

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