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介護者に余裕をもたらすのが上手な支援

同僚とか同業者との公式な勉強会とか雑談でも出てくるけれど、ご家族からの連絡が頻繁で鬱陶しいとか、長々したラインが延々と来て辛いとか、頼りにされてるんだろうけれど、ケアマネとしては気に病んでしまうという困り事とか悩みを耳にすることがある。
介護者も不安だし、ケアマネに何でも相談したいのだろうし、ある意味では、こんなに心を開いて頼りにされているとも言えるだろう。ご家族の発信だもの心して聴いて対処すればそれで良いんじゃないかと基本的には思う。

ただ、そういうことを言うケアマネジャーを観察して、もしかしたら・・・って思うことはある。ご家族は飢えているのかもしれない。そのケアマネがもたらす情報が不十分でもっと聞きたいのかもしれないし、家族は介護の方針に自信が持てないのかもしれない。面談での対話が満たされないので、そこを埋めるために何度も連絡する。若しくは、自分で考えられなくてケアマネに依存しているのかもしれない。

ご家族にも自分の生活がある。介護は確かに辛いことも多いのだけれど、抱え込まなくても良いように、提案や情報提供をすることがケアマネの業務である。生活の基盤をある程度整えることができて、介護も日常生活のリズムに組み入れることができれば、ご家族は自分のことに眼を向けられるのではないかと思う。自分自身の生活より、介護の辛さや要介護者・他の人達との関係性の悩みが重くなっているから、ケアマネジャーへの相談が頻回になるのかもしれない。

確かに心配性な家族も多いし、依存傾向の人達もいる。これは、ケアマネに相談されてもな~って事柄も多いけれど、利用者からの相談事を迷惑そうに語る人達を見てると、利用者と対面してその心境を充分聴けてるのだろうかって感じたりもする。
人って大体話すことが好き。話を聴いてもらうだけで、納得して満足することだってある。話をすることが、自分自身の思考を整理することだし、自分の悩みが何なのか知ることで解決策が見えてくる。

利用者もご家族も様々で、それぞれにいろいろな事情があるから、一概には言えないけれど、ご家族の真摯な訴えを内心、軽んじたり鬱陶しいとか迷惑だなんて否定して聞いてると当然相手は察して、もっとわかってほしいって、もっとたくさんのコミュニケーションを求めたりするのかもしれない。

だから、訪問して対面で話をするときには、充分に聴くことを心掛けて、少しでも安定した生活リズムが作れるような提案をして、本人も家族も、何となく納得した生活ができるように支援することが、煩わしさから解放される方法なのかな~って思う。
多分、みんなそうだけれど、自分の生活を楽しむことができれば、不安とか不満なんて言ってる暇は無くなるはず。
支援者はクライエントに頼りにされるとうれしいけれど、過剰になると依存共依存の関係を作ってしまう。クライエントが自主的に課題を見つけ、解決策を探れるようになることが、目指すところではある。