金田朋子さんの離婚で考える、家庭内の役割による責任の重さ
金田朋子さんと森渉さんが離婚したというニュースを見て少し驚いた。
仲睦まじい姿しか見たことがなかったから。
他人の結婚生活の実態なんて分からないけど、この感覚は分かるなぁ。
女友達とタラレバ話をしているときに
「急に旦那が仕事を辞めてパン屋になりたいと言い出したらどうするか」
というお題で話すことがある。
「パン屋で修行するとか、仕事を続けながら場所を借りてパンを一定期間売ってみてダメだったら諦めるとかだったら良いけど、何も実績が無い状態では許可できない」
というような答えに落ち着く。
やはり我々世代では男性が家計を支えるというところが多く、家庭内での男性の役割を果たして欲しいという想いがあるのだ。
もし離婚して女友達が親権を持ったとしたら、フルタイムで働いて生活費を稼ぎながら家事もこなすだろう。
元夫がパン屋になろうが宇宙飛行士を目指そうが、「頑張ってね」と応援できるはずだ。
だったら結婚した状態でも妻がフルタイムで働いて夫のパン屋の夢を応援すれば良いと思うかもしれないが、それはまた別問題なのだ。
妻には"夫の面倒を見なければいけない"という刷り込みがあるからだ。
離婚したら自分と子供の面倒を見ていれば良い。でも結婚していると、夫の面倒まで見なければいけないのだ。
更に夫の友人関係にまで気を回さないといけない。
誰かに強制されたわけじゃない。
でも来客時は妻がもてなすものだという擦り込みがある。
これが逆だったら、夫はソファでくつろぐか、自室にこもるか、「ちょっと出掛けてくる」と家を出ることもできてしまう。
それが何故か、女性は後ろめたさを感じてしまうのだ。
旦那の体調管理だってそうだ。
夫が太ると「奥さんが体調管理してあげないと」なんて言われたりする。
男は自分の体型に責任を持たなくて良いのか〜人のせいにして良いのか〜と不思議な感覚になる。太る要因は食事だけでは無いのに。
『こっそり旦那を痩せさせるレシピ』とか見ると、世間的にもそういう認識なんだなぁと感じる。
私の父は胃下垂の少食タイプで、昔からガリガリだった。
そんな父を心配して、祖母は会うたびに
「痩せたんじゃない?ちゃんと食べてるの?」
と言っていたのだが、それが母の機嫌を損ねていた。
「私が食べさせてないって言いたいのね」と。
太れなくても太っても妻のせいで、筋トレして痩せた場合のみ夫の実績になるのだ。
人間関係もそう。
私は"夫の母親"という形以外で義母と出会っていたら、もう少し仲良くなれたんじゃないかと思う。
近所のおばちゃんくらいの距離感だったら上手くやれたんじゃないかな。
でも妻となったからには、夫の母親とは上手く"付き合わなければいけない"という義務が生まれる。
近所のおばちゃんなら軽くスルーできることでも、家族となるとスルーできなくなってしまう。
多分自覚している以上に、誰もが役割による責任に悩まされていると思う。
真面目な人ほど、きっとこの役割に押しつぶされてしまう。
役割を降りることで幸せになれるなら、その方が良いに決まってる。
枠に囚われず、周りになんと言われようと、自分たちの幸せの形を選べる時代に変化してきていると思う。
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