複雑で汚くて間違いだらけのこのステキな世界
コンピューターゲームはおもしろい。だれがなんといおうとおもしろいわけだけど、そのおもしろさの本質がどういうものなのか、遊びながらいつも考えている。もう何十年も考えている。
そしてゲームのおもしろさは、次の2点に集約されるとぼくは考えるに至った。
この2つだ。
たとえば、大ヒットした『グランドセフトオートV』というゲームを考えてみよう。
このゲームの中には現実のロサンゼルスそっくりの街が再現されており、主人公は、その中を自由に動き回ることができる。
プレステの電源を入れるだけで、すぐにロサンゼルスに飛んでいけるのだ。いいクルマにのってビバリーヒルズからダウンタウンまで走り回れる。
これはすべてのゲームに共通することで、中世のヨーロッパでも、銀河系のかなたの未来都市でも、スイッチを入れればすぐに飛んでいける。これが人工世界を体験できるおもしろさだ。
そしてゲームのもうひとつのおもしろさは、人工知能との駆け引きにある。
将棋でも麻雀でも、コンピューターが相手をしてくれる。強い相手と戦うのも弱い相手と戦うのも自由だ。
どんなゲームもこの2つのおもしろさの組み合わせである。
戦争ゲームなら、戦場という人工の空間を体験する楽しみと、人工頭脳による敵軍と戦う楽しみがある。
そして、テクノロジーがどんどん進化しているのはご存じのとおりである。
コンピューター将棋はプロ棋士を負かすようになったし、4Kのグラフィックで描かれた戦場は、ほんものの戦場とみまちがうほどリアルだ。しかもVRが登場して360度の臨場感を味わえるようになってきた。
しかしそうはいっても、ホンモノにははるかに及ばない。
VRの戦場がいくらリアルでも、そこに生えている木や草が成長することはないし、また地面の中にバクテリアはいない。
だから兵士が倒れても、バクテリアが分解して土に返してくれることはないし、それが肥しになってやがて美しい花が咲くこともない。しょせんはみせかけの世界だ。
人工頭脳も同じことで、いくらプロ棋士を打ち負かすコンピューターがあらわれたとしても、それは見せかけの頭脳でしかない。その人工棋士は羽生善治さんのように、母の胎内から生まれた経験を持っていない。小学校に通ったこともない。はじめて将棋に出会ったときの感動も覚えていないし、だれかに恋をしたこともなければ、将棋の腕を磨くために苦しんだ経験もないのだ。
人工棋士には、羽生さんのような人間としての全体性がない。羽生さんは棋士である前に、肉体であり、心であり、夫であり、息子であり、父であり、日本人であり、そういう羽生さんが人生の全体を将棋にかけて戦うすがたがイイわけである。
これからテクノロジーがさらに発達していけば、より人間味のある人工棋士をつくりあげることもできるようになるだろうが、それでも完全に本物の棋士を作りあげることはできないはずだ。
なぜなら、人にいのちを作り出すことはできないからだ。人間は、いのちについてまだまだ知らないことのほうが多い。
本物そっくりの棋士をつくりあげるには、まずは、恋をしたり、腹が減ったり、トイレに行きたくなったり、眠くなったり、将来に不安を感じたり、嘘をついたりする本物の人間を再現しなければならないが、恋をするメカニズムすらまだ十分には解明されていない。
また本物そっくりの戦場を作りあげるには、バクテリアだけでなく地面の下の地層と、活断層や地震や、さらにその下のマントル対流も再現しなければならないが、本物のマントル対流を目にしたことのある人間はいない。
人間は神ではないので、リアルな人も世界も作り出すことはできない。
人間に作れるのはどこまでいっても、作り手の人間観や世界観にもとづいた世界っぽいモノ、人間っぽいモノでしかない。
もちろん、だからこそ魅力があるのだともいえるわけで、ゲームの中では死んでもすぐに生き返ることができるし、空だって飛べる。世界を救うこともできるし、悪魔と戦うこともできる。
つまり、ゲームの中に天国や地獄をつくりあげるのは簡単なんだけど、平凡でリアルな現実を再現することだけはできない。
毎日腹が減り、爪が伸び、インフレが生じ、汚職が起き、謎のウイルスがまん延し、ブレーキとアクセルを踏み間違えたら一生他人に恨まれ、南極の氷の中からマイクロプラスチックが発見されるようなこの平凡な世界を再現することはできないのである。
ただし、マイクロプラスチックもなく、ウンコに行かずに済み、エイズもコロナも戦争も差別も気候変動もない世界なら、大した情報量ではないのでプレステ5で簡単に再現できる。ゲームの中に「アセンションした世界」を作り出すことなど簡単なのである。
そう考えてみると、これだけ複雑で謎と奇跡に満ちた世界を抜け出して、プレステ5で再現できるアホみたいに単純な「アセンションされた世界」に次元上昇したい願うという人の気がしれない。
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