見出し画像

孤独死したマンガ家さんの絶筆原稿に思う―『生ポのポエムさん』

Amazon Kindleに『生ポのポエムさん』というマンガがある。還暦直前に孤独死したマンガ家さんの絶筆原稿だ。

このマンガ家さん(以下ポエムさん)は、雑誌から次々に連載を切られた上に重度の糖尿病を患って失明の危機に追い詰められた。そこで生活保護を申請し、その過程をマンガに描くことでなんとか立ち直ろうとしていたが、その矢先に孤独死してしまったのである。作品は第一話だけで終わっている。ちなみに絶筆ページは「あなたの生活保護が決定しました」という明るいコマだ。

画像1

これが絶筆だとおもうとなんだかイタイタしい。原稿は、孤独死の現場を発見した編集者さんが遺品の中から掘り当てたのだそうである。本来、作品が1話のみで出版されることはないが「なんとか世に出したい」と考えた編集者が、第一話に遺品の中から見つかったメモを添えて198円という値段で電子出版している。最終コマの脇には

2018年2月、当作品を執筆後に没す。この原稿は遺品の中から発見された。合掌。

と記されている。

ぼくがこの作品を読んだのはその年の9月である。読み終わってかなりの危機感を覚え、フリーランスとしての将来を真剣に考えるようになった。その意味では人生を変えてくれた本だ(Kindle Unlimitedならば無料で読めるらしいです)。

短い話なのでざっとストーリーを説明すると、ポエムさんは60歳手前の売れない漫画家。都内の安アパートで独り暮らしだ。出だしのコマは平成29(2017)年10月30日。生活保護の申請を決意したところから始まる。

スクリーンショット (33)

長年の不摂生がたたって糖尿病を悪化させているのだが本人は健康診断にいかないのでそれにも気づかない。本職はホラーマンガ家だが絵柄にクセがあり、女性誌中心のマーケットでは人気がない。断食道場に入門したり、風俗の実体験取材をしたりなど、体を張った実録マンガでなんとか食いつないでいる。

ある日、急に目が見えなくなって医者で見てもらうと重度の糖尿病と診断される。大金をかけてレーザー治療を行い、貯金も底をつく。それでもスナックや風俗通いは止められない。

スクリーンショット (27)

やがて、女性受けしない絵柄のため、次々と雑誌から首をきられてしまう。

スクリーンショット (26)

さらに体調が悪化し、困窮しつくしたところで編集者のT氏から「生活保護受給して、その過程を実録取材した漫画を描かないか」という提案を受けるのである。

スクリーンショット (25)

それに乗ったポエムさんは、ためらいつつも覚悟を決めて生活保護の申請に行く。そして、冒頭のコマにある通り受給が決まって「人生をこれからやりなおそう!」というところで孤独死してしまった。享年57歳。

しかし、やり直すとは言っても、重度の糖尿病に、やめられない風俗と酒、人気のない絵柄など、マイナス要素が多すぎて見通しはそうとう暗い。そういう意味では、なるようになったのかなあという気はする。

ぼくも一介のフリーランスとして身につまされたけれども、ポエムさんとはかなり境遇が異なる。ポエムさんは仕事がなく、病気に見舞われ、浪費がとまらないが、ほかにも

・PCを使えない
・一人暮らし
・健康診断にいってない
・健康保険を滞納している
・お酒がやめられない

などマイナス要素ばかりで、どの条件にもぼくは当てはまらない。しかし「なんとく食えているフリーランス」という点は同じなので、ちょっとまちがえるとこうなるなという危機感を持って受け止めた。こういうふうに人生が詰むことを具体的にイメージしたことがなかったので相当考えさせられた。

ところで、このマンガを後追い取材したウェブ記事を見つけたんだけど、それによるとポエムさんは気弱で不器用な人だったそうだ。えてしてそういう人が酒におぼれる。アルコール依存症だったのだろうな。

駆け出しの頃は、手塚治虫プロや漫画家・日野日出志の元で仕事をしていた。

とあるくらいだから、若手のころはバリバリやっていたのだろう。生活保護マンガを提案した編集者氏も、実際は上記のコマのようなエラそうな感じではなく、見るに見かねて助け舟を出したらしい。

2017年の秋、食い詰めた吠夢さんは、編集者Tさんに一本の電話をかけた。
「本当に仕事がなくて困っているという内容でした。吠夢さんは、どちらかと言えば気弱な性格で新しい仕事を営業力で取ってこれるほど器用な人でもありませんでした(中略)」見かねたTさんは、吠夢さんに生活保護を受けることを勧めた。
「ただ吠夢さんは、たとえ生活保護を受給したとしても、漫画家として活動したいという意欲はありました。そこで出版社に頼らず、自分の作品を描いてネットに投稿してはどうかと提案しました」
「勧めた手前もありますし、何より吠夢先生の熱意にほだされて協力することにしました。(中略)『note』でいきなり収益を上げるのは難しいでしょうから、僕の方でも出版社と交渉して連載が4話分たまった時点で電子書籍として配信する内諾を得ました」

ということだそうだ。せめてポエム先生が、

・絵柄を工夫する
・お酒を止める
・浪費を止める
・だれかと暮らす

のうちどれかをやっていれば死なずに済んだかもしれないんだけど、ことごとくダメなほうへ行っている。まるで人生全体が「慢性病」である。先への備えをまったくやらないでいたずらに月日が流れて60手前まで行くとこうなるんだな、と身につまされる。

ぼくは浪費はしないし、風俗に行ったことがないし、スナックすら行ったことないし、あまり飲まないし、結婚しているし、住む場所がある。しかし「フリーランスでなんとなく食えている」という点は同じである。

ぼくがフリーランスに転向したのは40代だったので「フリーランスでなんとか食える」というのは達成感があるんだけど、このマンガを読んでからはそういう気持ちが消えた。

このマンガは先の見えないフリーランスをやっている人が一度は読んで損のないものだと思う。ぼくだって上記のようにそれほど共通点はないんだけど、今日も久しぶりに読んで身が引きまったのである(笑)。

読者の多くは「ポエムさんに比べれば自分はまだマシだ」と思うだろう。それくらいにポエムさんはダメダメな人だが、そうはいってもミエをはるのが人間である。読者の前にそこまでさらけ出せるのはなかなかのものだ。そういうところにマンガとして残る価値があると思う。たった1話だけ。しかも「受給がきまった!」という明るいコマを描いて孤独死するという最悪のパターンに陥っているが、これほどダメなものはそれだけで価値がある。これを読んでおしりに火がつくフリーランス全員の代わりに死んでくれたようなものだ。合掌。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?