効果的な気分転換のコツ(応用編)
数週間前に「良い気分転換のやり方」という記事を書いたんだけど内容をざっとまとめるとこういう感じになる。
というようなものだ。
そのうえで、気分転換のやり方にもタチの良いものと悪いものがあり、タチの悪い気分転換にハマると人生が詰むので気を付けよう、ということも書いたし、タチの良い気分転換をするためのヒントなども書いた。
具体例として、ぼくが認知症の親に向き合う上で、どのように気分を転換しているかを紹介しており、映画が好きなので、今年の冬は勝新太郎の『座頭市』シリーズを見て気分転換をするつもりだ、ということを書いている。
じつはこの手の記事はこれまでに何度か書いていて、たとえば以下もそういった記事だ。
ここに書いてある通り、ぼくが向き合っている問題は、
ということで、実家に帰るたびにメンタルをやられそうになるんだけど、うまいこと気分転換してやり過ごしている。こちらの記事では、毎晩「007」を観てすっきりしてから寝ているという風に書いている。
今日はさらにその先を書いてみたい。
『座頭市』ではダメだった
最初に上げた記事では「007にはそろそろ飽きてきたので、今回は座頭市をみてすっきりしてから寝よう」と書いたんだけど、結論からいうと
のである。ストーリーは人情味があふれておもしろいし、勝さんは、何十人ものやくざ者をスパスパと斬り倒して一件落着するのですっきり寝られそうなものだが、すっきりしない。
理由は画面が汚いからだ。「市(いち)」は、いつも垢まみれの汗だくのひげ面でむさくるしくて、泊まる宿屋も薄汚いので、実家の汚さを忘れて目の保養をすることができない。埼玉の自宅で見ている限りではスッキリできたのに、実家ではモヤモヤする。
こうなってみてあらためて、ぼくが「007」にスッキリできたのは、爽快なアクション映画だからではなくて、リゾート地でピカピカのスポーツカーを乗り回し、豪勢なホテルにホコリ1つ落ちていないという部分だということに気づかされたのだった。
気分転換法は慎重に選ぶべし
ここからわかることは、あなたが効果的な気分転換の方法を考える場合にも、よく考えて選ばなければならないということ。
たとえば、職場の人間関係で悩んでいる人は、人と集まるような気分転換は避けたほうが無難だろう。
「ゴルフに誘われた」とか、「俳句のサークルに誘われた」などといってやり始めても、いずれはその集まりの人間関係からストレスが生じるので、職場のストレスを軽くするどころか悪化させてしまう。一人でYouTubeを見たほうがましである。
逆に、孤独に悩んでいる人はYouTubeで癒されている場合ではなくて、人とかかわるような趣味をやったほうがいい。このように、自分が何からストレスを受けているのかを具体的に見極めて、それに合った気分転換をやらないとうまくいかないことが、今回身に染みた。
僕がストレスを受けているのは周囲の汚らしさなので、きれいなものを見ることが優先で、いくら座頭市がすご腕でも汚いのでダメである。
逆に皇族のようなキチキチした生活に疲れている人は、ホームレスと仲良くなって一杯やったほうがいいかもしれない。
お酒がダメな理由
このように、効果的な気分転換は脳のストレスをうまいこと和らげるものなので、何がストレスになっているのかを見極めて、それに応じた気分転換が必要なわけで、逆にいうと、お酒やクスリのダメな点はココにあるということもわかる。
お酒やクスリは、職場のストレスだろうが、孤独感だろうが、お金の問題だろうが、家の汚らしさだろうが、飲めば解消されるように感じる。万能薬みたいに見えるけど、なんにでも効くということは、なんにも効かないのと同じであり、痛み止めでごまかしているだけだ。
なぜかベートーベン
ではいまぼくがどうやって気分転換をやっているかというとじつは
のである。ここ10年ほどまともにクラシック音楽など聴いたことがないにもかかわらず「正解はベートーベン」だったわけで、本人にもわけがわからない。
きっかけは、いつも聞いている曲を聴こうとするとストレスがかかったことにあり、このところ、埼玉でよく聞いていたのはジョン・ゾーンの「ネイキッド・シティ」である。
血まみれの男性と拳銃がストリートに転がっているジャケット写真がすでにあんまりといえばあんまりなのだが、出だしを1分ほど聞いてもらえば、どういう音楽かはわかる。埼玉の清潔な自宅ではこのサウンドが快感だったけど、実家では周囲の汚らしさとダブって聞いていられない。
そこで、毎晩ベートーベンの「皇帝」を聞くようになって、ストレスが軽減したのだった。楽聖とよばれるベートーベンだが、ぼくは前々から「垢ぬけないオッサン」だと思っており、田園交響楽などはイモっぽくて聞いていられないと思っていたのに、この始末である。
かれの音楽の清浄さに癒されているのは、それほどに周囲が汚いということなのだろう。きれいな自宅に帰れば聞かなくなるかもしれないので、このようにケースバイケースで対応していただければ幸いです。
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