掌編小説「僕と彼の愛し方は違う」
僕たちは付き合い始めてもう2年になるが、体の関係を持ったのは片手で数えるほどしかなかった。
付き合いたてのころは何度か交わることもあったが、それも長くは続かなかった。
行為をする上で、僕たちの相性がいいかどうかといえば、そんなにいいほうではなかったような気がする。
例えば、何かを握ったりつまんだりこすったりするときの力の入れ具合が、お互い強すぎたり弱すぎたりして、普通それはやっているうちに塩梅を調整しながら良いところに落ち着かせられるものだけど、僕たちのお互いの感覚は決定的に違っていて、理解し合えることはなかった。
だけど僕自身は、好きな相手とそういうことができるというだけで、おおむね満足することができた。
しかし回を重ねるうちに、おもに彼のほうが、僕たちの行為にあまりいい感情を抱かなくなったようで、半年もしないうちに彼は行為を拒否するようになった。
はじめのうちは僕は彼のことを、元々そういう欲求が少ないタイプの人間なのだと思っていた。
普段彼は僕に甘えてきて、「好き」だのなんだの言って愛情表現をしてくれていたし、たまに喧嘩をしたときなど、それが落ち着いてから真剣な顔で「別れたくない」と喧嘩したことを謝ってくれたりもした。
それで彼の、僕に対する気持ちは本物なのだと確信することができた。
ただそういう欲求が人より少ないだけなのだと。
もしくは彼は、そういう行為にトラウマを抱えているのではと勘ぐったりもした。
僕が彼を誘ったときの拒否のし具合が、異常だったからだ。
彼は重くて巨大な石造りの門のように、僕の誘いを閉ざした。
僕はそのことでショックを受けるよりも先に、彼の心の奥底にあるおびえを感じ取り、それでなのかと勝手に納得した。
しかし彼に「なんでしてくれないの」と聞いても、はぐらかすばかりで答えてくれないので、僕のそれらの予測はあくまで予測の域を出なかった。
*
ある日、僕は前日から彼の家に泊まっていて、朝まで一緒のベッドで眠っていた。
目覚めるとなんだか下腹部がうずうずして、まだ寝息を立てている彼の腰あたりに押し付けたりしていた。
それだけでは満足ができず、僕は彼の唇に自分のそれを重ねた。
おそらく彼は起きていた。
彼の呼吸の感じからそれがわかった。
彼はしっかりと歯を閉じ、僕を拒絶した。
それでも僕は、彼の唇をいじくったりして、彼をその気にさせようとした。
僕はここ2、3日、自分でしておらず、まして愛する人がすぐ横にいることで、自分で自分をコントロールできなくなっていた。
僕は彼の唇だけでなく、彼の体のいろんな部分をいじくった。
彼と付き合い始めのころ、たしかに彼は欲情して果てていた。
うまくやればまた彼をあのときのようにさせられるような気がしていた。
僕は長い時間をかけて彼をその気にさせるよう努力した。
どれくらいの時間が経ったのだろう、僕の舌や腕は疲れきって、しびれしまっていた。
それでも僕は、彼の心が高揚するのを目指して必死に働いた。
すると彼は、不意に枕に顔を埋め、泣き出してしまった。
「怖い…」
彼は小さな声でそう言った。
それで僕は我にかえった。
僕は泣いている彼を後ろから抱きしめ、頭をなでて、何度も「ごめんね」と言い謝った。
窓の外でカラスが、僕のことを笑うように鳴いた。
*
僕はおそらく、比較的そういう欲求の強いタイプだった。
しかしもう僕は、彼とそういう行為ができないと悟った。
僕たちは互いに愛し合っていて、その出来事がもとで別れるということはなかった。
僕は牢屋に閉じ込められた冤罪の死刑囚のような気分だった。
僕はたまに、プロのお店で自分の欲求を解放しようかと考えたりもしたが、それは彼に対する裏切り行為だと思い我慢した。
僕の下腹部には日に日に鉛製の重りが溜まっていった。
まさに僕は捕らえられた囚人だった。
それでも僕は彼を手放すことはできなかった。
自分で自分が哀れだったがどうすることもできない。
またあのときのカラスが、どこかで僕を笑うように鳴いたような気がした。
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