0002 キコ・コスタディノフ:アイトア・スループとアクロニウムの系譜 2
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キコ・コスタディノフ:アイトア・スループとアクロニウムの系譜 2
前回はキコ・コスタディノフの生い立ちからセントマ入学までをざっと振り返った。今回はキコが1年間のファウンデーションコースの後にインターンしたアイトア・スループについて書いていく。
ロンドンメンズウェア界の異端児アイトア・スループ
最初のBA受験に失敗したキコ・コスタディノフは、ロンドンメンズウェア界において異質な存在であるアイトア・スループのスタジオの門を叩いた。
アイトア・スループ(Aitor Throup)は1980年アルゼンチン人の両親の元に生まれ、12歳の時にランカシャー州バーンリーに移住してきた、現在ロンドンを拠点とするファッションデザイナー兼アートディレクター兼イラストレーターだ。ファッションデザインからアートディレクション、MVの監督、イラストレーション、リサーチコンサルティングに至るまで多岐にわたってその才能を発揮していることで知られる。マンチェスタースクールオブアートを経て2006年にRCAを卒業。同年のITS No.5ではコレクションオブ・ザ・イヤー賞を受賞し、自らのスタジオA.T Studioを設立している。
彼の仕事は大きく分けて3つに分類することができる。
1つ目は他ブランド/企業とのコラボレーションプロジェクト。STONE ISLANDとのModular Anatomy ProjectやArticulated Anatomy Project、C.P.Companyの20周年記念ゴーグルジャケット※動画はこちら(注目すべきはここでACRONYMのエロルソン・ヒューがモデルを務めているということ、Umbroと協業したサッカーイングランド代表ユニフォーム、G-STAR RAWのリサーチセンターの設立とG-STAR RAW RESEARCHのディレクターなどが挙げられる。
2つ目はアーティストのクリエイティブディレクション。KASABIANやデーモン・アルバーン、Flying Lotusなどと仕事をし、アートディレクションからジャケットデザイン、衣装デザイン、ステージ演出、MV監督まで自ら手がけ総合的なデザインを実践している。
3つ目はアイトア自身の名義で発表しているNEW OBJECT RESEARCHコレクションである。多くのデザイナーと違い、彼はシーズンごとの発表を行っていないし、一般に向けて既製服を量産し販売しているわけでもない。彼のファッションデザインにおける手法は「作り方のデザイン(デザインのデザイン)」に始まっていて、パターンの取り方から縫製の方法、発表から販売の方法まで全てにおいて既存の手法とは違うやり方を模索している。これはファッションにおけるサービスデザインとも言えるし、彼がRCA(ロイヤルカレッジオブアート)出身だと聞くと納得してもらえるだろう。
この異なる性質の複数のプロジェクトを同時進行させるデザイナー像を考えると少しずつだが、キコがどういった点でアイトアの影響を受けたかが見えてくるだろう。また二人は共通して移民であるということを頭の片隅に置いておいていただきたい。
アイトア・スループ独自のパターンカッティング
とあるインタビューでキコはアイトアからデザイン面における影響は受けていないと明言した上で、彼の元で学んだのは服作りのイロハであると語っている。
アイトア・スループは先ほど述べたようにデザインプロセスにおける手法にまで独自性を追求している。通常のパターンカッティングは人体をデフォルメしたボディー上に生地などをピンで留めて形をを模索していくが、アイトア流では実物の身体の型を取りその実物大の身体の上でパターンを作成していくのだ。これには医療用などでギプスで用いられる熱すると柔らかくなり冷やすと固まるメッシュ状のシートが使用される。その他にも粘土を使ってフィギュアを作りその上に生地を当てパターンを取っていくという手法も用いている。
なぜ平均的なボディーを用いないのかというと、彼のデザインのスタートポイントは人間工学と彼自身が描くイラストレーションにあるからだ。まずイラストを描き、そこからキャラクターを生み出し、それを立体化していく。描かれるキャラクターの動きはマネキンには再現できないし、本当の意味での立体裁断は彼のように身体をデザインする所から始めるべきなのではないだろうか。
近年の3Dスキャン技術の向上と普及によって、ファッションデザインはどんどんゲームデザインに近づいていっているように私は思う。ゲーム制作におけるキャラクターデザインは人間像をデザインすることであるし、モーションデザインは人間や動くモノを観察し再現する、ストーリーを描く部分は共通しているし、インタラクションデザインはますます双方にとって重要になってくるだろう。話がそれてしまったが、これについてはまた機会を設けて話そう。
母親が医学関係の研究をしていたことから、幼い頃の彼は解剖学の本などを見て育ったという。それもまた彼の立体的なパターンに影響を及ぼしているのだろう。
A.T. Studioのインターン内容は主に業務のサポートと彼独自のパターンカッティングの実践であると募集要項に記載されている。アーカイブのパターンをコピーすること。立体物を観察し、その上に布を当てていき、どのように表面をで分割し展開ていくかを考えること。それがアイトア流であると言える。キコもまたここでパターンカッティングの基礎を学んだことから、常識に囚われない、一見わけのわからない複雑なパターンを作るようになったのだろう。肩はセットインかラグランじゃなきゃいけないとか、そういう既存の手法に縛られないパースペクティブを身につけているのだ。
そもそもイギリスのファッションデザインが学べる美大では服の作り方などの授業は一切存在しない。みな独自に学び、独自の手法を考えていく。勘違いや作り方の読み間違いから始まっていても、何か新しい未だ見ぬものが生まれればそれでいい。技術を身につける事は重要ではあるが、時に無知である事が独自性を生むというのは紛れもない事実である。変換ミスを繰り返していった先に奇怪なオリジナリティが生まれると、私は信じている。
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今回は主にアイトア・スループに触れたので、次回はアクロニウムのデザイナーエロルソン・ヒューについて書いていこうと思う。もちろんキコ・コスタディノフを軸としていくことは変わらないが、そこから広がる膨大な人物相関図を描いていけたら幸いである。
Aitor Throupの日本語表記は文献によってアイタル・スループ、アイトア・スロウプ、アイター・スルウプなどと様々なのだが(音声言語としての日本語の弱点)ここは惜しまれながらも休刊してしまった日本語版WIREDの「アイトア・スループ」という表記に倣おうと思う。
また本記事では画像の掲載数を最小限に留めている。一つには引用元の明記がめんどくさいこと、もう一つはリンク先で他の画像も含めて色々見てほしいからである。特にAitor Throupの公式ホームページは過去のプロジェクトが全てきちんとアーカイブされているので、ぜひチェックしていただきたい。
つづく。
参考資料:
"British Fashion Designers" by Hywel Davis (2009), WIRED JAPAN Vol. 28 (2017), Protein Journal Issue 15 (2015), Toile Issue no.1 (2016), https://www.designboom.com/design/tailored-by-umbro-aitor-throup-interview/, https://wired.jp/2016/10/26/decoded-fashion-aitor-throup-report/, http://aitorthroup.com
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