0010 キコ・コスタディノフ AW19 "00072019 Midnight Stripe" レビュー
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久しぶりの投稿になってしまったことを許していただきたい。私事ではあるが、本業の方が繁忙期を迎えたのを機に文章を書くことから離れてしまい、再び筆を取るまでに時間がかかってしまった。
過去のキコ・コスタディノフシリーズは以下のマガジンにまとめてあるので参照していただきたい。
2つ前の記事ではキコのファーストコレクションを扱ったので本来ならば時系列通りにセカンドコレクションについて書きたいところだが、そちらはまだリファレンスの確認と考察を行なっている最中なので、今回は今(2019年8月現在)まさに店頭に商品が並び始めている7シーズン目のAW19コレクションについて書いていこうと思う。
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KIKO KOSTADINOV AW19 00072019 “Midnight Stripe”
まずは以下のページにてコレクションルックを確認していただきたい。
全体の色や加茂克也氏による独特なヘアメイクからも分かるように、今回はかなりダークな世界観であることは明らかだろう。単刀直入に本コレクションのリファレンスを述べると、今回は日本のホラー映画の金字塔、1998年公開の「リング」と1960年公開の映画「Midnight Lace」が主なインスピレーションとなっているという。日本人ならこの黒く長い髪の毛で覆われた顔はどう見ても貞子であると納得するだろう。ではMidnight Laceからは何が引用されているのか。それについては後半のアイテム解説パートにて話そうと思う。
さて、今回はタイトルにも入っているストライプ柄が重要なテクスチャーとなっている。
ここでこのストライプ柄について、海外のファッションYOUTUBERであるBliss Fosterの考察が非常に興味深かったので紹介したい。彼曰く、今回のコレクションは写真を撮られ、スクリーンに映し出された時にある仕掛けが現れるという。
皆さんは映画「リング」を見た事はあるだろうか。貞子がテレビの画面から出てくるのは言わずもがな、有名なシーンであるが、そのテレビのスクリーンはどうなっているか?そう、ノイズが入っているのである。このノイズ、実は今回のコレクション写真にある事をすると似たようなテクスチャーを映し出すことができるという。
試しに本コレクションのロープチェック生地を使用したルック(ルック17, 18, 19)をスマートフォンで開いて拡大縮小してみてほしい。
生地の表面にモアレが発生してリングのテレビのノイズのようになってはいないだろうか?
この現象をキコが意図していたのかどうかは不明だが、考察として非常におもしろいのではないだろうか。
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キコ・コスタディノフ AW19 レビュー
序盤でも述べた通り本コレクションの参照元として明言されているのは「リング(1998)」と「Midnight Lace(1960)」である。今回、レビューを書くにあたって私はMidnight Laceを初めて観賞したのだが、こういった昔の映画はあまり観ないので自分にとって非常に新鮮な体験であった。特に、現代の映画に比べて話の構造がシンプルというか、現代社会が複雑になりすぎているのか、起承転結がはっきりしている映画はやはり観やすいんだなと感じた。
Midnight Laceのあらすじをおおまかに話すと、Doris Day演じる主人公であるKit Prestonは投資家である夫Tony Prestonと共にロンドンに住むアメリカ人である。ある日、霧の濃い日に帰宅している途中、彼女は公園で不気味な男の声に「殺す」と脅される。その後も謎の男は家に電話をかけてきたり、工事中のビルから鉄骨が落ちてきたりと命の危機にさらされるKit。何度も夫に相談するが、対処する素振りは見せるものの一向に行動せず、約束していたベネチアへの旅行も延期されるばかり。Kitはどんどんノイローゼになっていき、クライマックスでは衝撃の事実が明らかになると言った具合だ。
さて、Midnight Laceからは何が引用されたのか。それはずばり主人公が着る衣装である。Irene Trousers というネーミングの元ネタでもあるIrene(アイリーン)ことIrene Maud Lentzは1930年代から〜60年代にかけて活躍したアメリカの婦人服/衣装デザイナーであり、本作にも主人公の衣装担当として関わっている。キコの面白い、あるいは巧みな点はメンズのデザインにウィメンズの意匠を引用している点である。例えばルック20のビッグシルエットシャツ。これは主人公が作中で着ているコートに色も含め非常に似ている。
またスカーフを巻いたような襟のコートは50年代の婦人服のデザインが引用されていることがキコ本人のストーリー投稿から読み取ることができる。
つまり今回の主なデザインソースは50年代の女性服であるといえる。1950年代のファッションというと、1947年にクリスチャン・ディオールが「ニュールック」を発表し、女性服に大きなうねりをもたらした時代である。また戦後間もない頃であったため資材は制限され、使用する生地の量が少ないスリムかつストレートなドレスが多く着用され、丈の長さも短めであったという。また女性も働くために楽な服装としてスーツやシャツドレス、パンツを履く人も出てきたという。そこにクリスチャン・ディオールが女性的でボリューミーなスカートを使用したニュールックを発表し以降のファッションの流れを大きく変えてしまったのである。
セントラルセントマーティンズで学んでいたキコは再三「誰も使っていないリファレンスを見つけなさい」と言われてきたはずであり、それが女性服のディテールを男性服に持ち込むというアイデアにつながったのだろう。時代が90〜00年代リバイバルをしている中で、50年代の女性服に着目する発想と度胸はさすがと言えよう。
今回のコレクションタイトルがMidnight Stripeと言うように、ストライプ柄の生地は本コレクションの主役であり、2種類のストライプ生地が使用されている。一つはタイトルを関したMidnight Stripeでこれは黒、ティール、ダークグレーの3-4色からなるストライプである。
こちらの生地はカッティングと生地合わせがとんでもないRhombus Jacket等に使用されている。このジャケットの特に肩のカッティングは本当に見事な上、ラインが筋肉のメタファーにも見え、ある意味、男性性を強調するテーラリングをルール外の方法で実現しているように見える。
その他のMidnight Stripe生地を使ったルックはぜひ冒頭にもリンクを設置したコレクションの写真からチェックしていただきたい。もう一つの生地はAubergine Stripeと名付けられており、直訳すると茄子ストライプだが、茄子というよりはさつまいものような色をしたストライプである。念の為もう一度確認したら写真で見るとたしかに茄子のような色ではある。
これらストライプ生地を使ったアイテムのモチーフはやはり50年代のウィメンズのスーツから取ってきたと思われる。以下はキコ自身がインスタグラムのストーリーに投稿した写真の一部である。キュッと絞られたウェストとタイトなシルエットが先述した資源不足、動きやすさとニュールックの要素をかけ合わせた結果であることが見て取れる。
もう少し引用元について話してみよう。Kiko Kostadinovでは毎シーズンオリジナルプリントのTシャツが制作される。表のデザインはファーストコレクションから継続して同じフォーマットが使用されていて、ブランド名のしたにコレクションの通し番号がプリントされる(「00012016」といった具合に」)。春夏シーズンでは白と黒のTシャツが発売され、秋冬シーズンではTシャツに加えてロンTやフーディーが発売される。「00072019」である今回は白のTシャツ、黒のロンT、そして黒のフーディーが発売された。フーディーが発売されるのは2シーズン目以来なので、ストリートファッション好きの人たちは待望のフーディーが手に入るということでさぞかし喜んだことだろう。
そしてこれまで大きく違うのはボディーがオリジナルであるということだ。これまではUnited Athleのボディからタグを切ってブランドタグをつけたものが使用されていた。それでもTシャツは1枚あたり15,000円したのだが、今回のオリジナルボディTシャツは安いところで28,500円、中には驚異の39,744円で販売しているところもあるのだ。かなり強気な価格設定ではあるが、キコ・コスタディノフオタクたちに買わないという選択肢はないのだ。ストリートファッションの世界は自分が買わなけば誰かが買い、売り切れたら定価よりも高いリセールで手に入れるしかないという厳しい世界なのだ。
さてここで件のTシャツを見てみよう。写真はSSENSEから拝借した。
本記事の冒頭でMidnight Laceを紹介した際に貼った映画のポスターにも似たようなグラフィックが描かれていたと思うが、このTシャツに使われているグラフィックはというと。
フランス版の映画ポスターからそのまま持ってきたものである。これまではTaro Rayによる手書きイラストなどが使われていて、それがまた味があって私は好きだったので、またいつの日かTaroによるイラストのTシャツが発売されることを願っている。
ちなみにポスターの画像を出したのでここで一つ豆知識を披露すると、アイテム名につけられているDorisやRex、Goffといった名前はMidnight Laceの演者やスタッフ名からきているのだ。これはキコのアイテムでは定番のネーミング方法であるが、その他にもRhombus Trousersといった見た目をそのまま表しているネーミングもある(Rhombusはひし形を意味する)。
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さてここまでキコ・コスタディノフのAW19コレクションについていくつかの角度から書いてきたが、文字数が5000字を超えたので一旦締めにしようと思う。コレクション全体に対する私自身の意見などはまだ述べていないので、後ほど有料部分として加筆する予定である。とりあえず、現時点でのレビューはここまでとする。最後まで読んでいただきありがとうございます。
本記事を書く上で参考にしたウェブサイトなどはできる限り文中でリンクをつけるようにしているが、念の為、文末に参考文献として記しておく。
それでは。
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参考文献
Kiko Kostadinov - Autumn / Winter 2019 Menswear Panel Discussion (ShowStudio)
https://youtu.be/S45n1qw9CxA
Who is the Kiko Kostadinov customer? - Post: Kiko Kostadinov A/W 19 (ShowStudio)
https://www.youtube.com/watch?v=LEaAIZnUIvU
Understanding Kiko Kostadinov Runway - Fall Winter 2019 (Bliss Foster)
https://www.youtube.com/watch?v=SPyHLjRSlPw&t=12s
Machine Operated Take us Backstage at Kiko Kostadinov | Men's AW19 (LOVE Magazine)
https://www.youtube.com/watch?v=VNd_F1r9BdI
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