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料理なんて好きになるもんかと思ってた

「料理はめんどくさいもの」だと思っていた。

まず、会社で残業してくたくたになって帰ってきてからキッチンに立つなんてハードルが高すぎる。とにかくなんでもいいから1秒でも早くお腹に何か入れたいというのに、ネットでレシピを検索するなんて。材料をそろえるなんて。包丁やらまな板やらを取り出さなきゃいけないなんて。しかも食べ終わったらそれを洗う?拭く?片付ける?うん、無理!

料理上手な人は「レシピなんて検索すれば無限に見つかるよ」と言うけども、パラレルワールドに生きてるんじゃないかと思うほど、私にとってレシピ検索は難しい。美味しそうな写真を載せたおしゃれなレシピサイトは平気で「そんなん家にないわ」という調味料を混ぜ込んでくるし、一般人の投稿したレシピは、そのとおりにマネしたつもりでも上手くいかない。

おまけに。社会人になってからというもの、おもに異性から、ときに同性から、料理スキルの高さで何かをジャッジされることが増えた。ほらまたあの人、「女子力」って言った。もううんざりだ。「料理はしません」と自分から言うことで、私に「女子力」を求める人たちからそっと逃げることができた。

会社に通ってたころは、残業の合間に15分で花丸うどんに駆け込んだり、同居人とそれぞれコンビニ弁当を買ってきたりしていた。


しかし、コロナ禍である。


毎日コンビニに出かけるわけにもいかない。家で何かを食べねばならぬ。

そう思っていたとき本屋さんで出会ったのが、山口祐加さんの書いた『週3レシピ』という本だった。

店に入るときに手をアルコール除菌をしたとはいえ、あまり多くの本には触れないほうがいいだろう。タイトルとデザインを見て、ほぼ直感でこの本を手に取りパラパラとめくる。

なんだか簡単そう。料理の写真もきれいで、見ていてテンションが上がる。

料理苦手な登場人物の「平野くん」が、私がリアルに知ってる「平野さん」であることに、カメラマンのクレジットを見て気づいた。これも何かの縁だと思い、レジに向かった。


さっそく材料を買って帰り、とっつきやすそうな、「キャベツ」の月からチャレンジしてみることにする。

包丁とまな板を取り出すのはいつぶりだろう。

キャベツに焦げ目をつけるだけで、こんなにこうばしい香りがするなんて知らなかった。ベーコンを追加する。パチパチと小さく爆ぜる音を聴きながら、思わず深呼吸してしまう。

本のとおりに作っていくと、予想してたよりずっと早く、簡単につくれた。

今までもこのテーブルで食事をしてたというのに、手作りの一汁一菜が並んだ姿を見て初めて「食卓」という言葉が浮かんだ。緊張しながらいざ口にしてみると、簡単だったのにちゃんと美味しくて、思わず「うま」と声が出る。こわごわ口にいれた同居人も、「うま!」と叫ぶ。

お腹がいっぱいになって、「ごちそうさま」とふたたび手を合わせるころには「楽しかったな」という気持ちでいっぱいになっていた。

自炊を始めて3日目、冷蔵庫の野菜をきれいに使い切った。パズルのピースが最後にぴたりとハマったような気持ちのよさ。達成感すら覚える。


食べ物をつくるという行為は、工作みたいだ。「つくってあそぼ」を見て、見るだけじゃ物足りなくて自分でつくりたくなる子どもの心境と同じだ。しかも、作ったあとに食べられる。粘土でつくったケーキは食べちゃダメだけど、焼いた肉にはかぶりついていい。なんて破天荒で楽しい行為だろう。

新しいいたずらを試すような気持ちでキッチンに立ち、無事にひと月分のメニュー(3種類)を作り終えた。どんどん次を試したくなり、気づいたらなんと半年分のメニュー(18種類)を制覇していた。

八百屋さんには知らない野菜がところ狭しと並んでいて、買い出しに行くたびに好奇心が刺激される。世界には、つくったことない料理が無限にある。私がノックした扉の先は、どこまでも世界が広がっている。食べてみたいもの、なんだって作ってみよう。そんなふうに考えていると、不安ばかりの毎日にちょっと光が射す。

・・・

週3レシピの著者である山口さんは、自炊を通して自信を積み上げていくことを「絶対に倒れないジェンガ」と表現していた。登場人物の平野さんは、自炊することを「命の手綱を自分の元にたぐり寄せるようなもの」と書いていた。私はこのお二人の言葉が大好きだ。

とあるドラマに「泣きながらご飯を食べたことある人は、生きてゆけます」というセリフがある。このさき私はたぶん、泣くような目にたくさん合うだろう。仕事も生活も、順調とはほど遠い。それでも命の手綱の握り方を知った。もう簡単に離してたまるか。

私は今日も、絶対に倒れないジェンガを積み上げるべくキッチンに立つ。



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