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怒りの先にあるものは 〜ルヴァンカップ 富山戦(H)〜

ねぇ、今のサッカーやってて楽しい?
ねぇ、どうしてバイタルまで運んだのに後ろに下げて、ちまちまパス交換してるの?
ねぇ、なんで絶好のシュートチャンスだったのに横パスして相手にボール与えちゃうの?
ねぇ、なんで毎試合同じミスから安い失点するの?
そんな前半だった。

プロスポーツは興行。
ならば、勝ち負けは時の運だから仕方ないとしても、エンターテイメントととして観客を沸かせるものでなくてはならないと思う。
そう考えると、前半は最低最悪のエンタメだった。返金して欲しいくらい最低の。
闘気も覇気も何も見せないのなら、それは観客の前で行うに値しないものだ。

そう。
今日は若手の躍動が見られると思って、安くない金額を払って時間とガソリンを使ってドームへ行って、あんなものを見せられるとは思わなかった。
もう、監督がとか選手がとかコーチがとかそういう問題じゃない。
だってみんなバラバラ
1点ビハインドで前半終了間際に、後ろでのパス回しはなんなのか。素人には分かり得ない作戦だとしたらそれは仕方ない。

後半菅ちゃんと馬場ちゃんが交代で入ってからは幾分縦への意識が増して、あと少しあと少しのシーンが増えた。
前半の
「(シュート)撃てよ!」「(前に)上がれよ!」「なんで(ボール)さげるんだよ!」
よりも、
「おっしいーーーー!」「いいんだそれで!」
という声が周りからも聞こえてきた。
そんな中漸く生まれたハセタツのゴール。本来なら、そのゴールは先制もしくは追加点であるべきだ。それができないというのがもどかしくてならない。

帰りの車の中はお通夜状態。
午後休を取って一緒に来たイツメンも、久しぶりに一緒に観戦したアスリートも無言。
それでも
「原くんはよかったね」「タナカツはもっと自由にやってもよかったかも」「コバ兄はよく走ってたよね」「最後の小次郎のあれはなんだ?」「シドはもうちょっと頑張れ」
という話に。
最後の最後、故谷村新司さんの曲を聴きながら
「この人さぁ、AV大好きだったんだってね。そういう行為の映像を見てこういういい曲のインスピレーション浮かんだんだろうかね」
「そんなこと聞いたら、もうこの人の曲全部そうだしとか思えなくなるじゃないか」
という下ネタで爆笑して終わった。下ネタは淀んだ心を救う良薬だ。

一夜明けても、一度沸点に達してしまった怒りはまだくすぶっていた。
我がことながら、気持ちの切り替えが一向にできてないなと情けなく思いつついつものいぬさんぽ。
耳が耐えられるギリギリ限界の大音量で、いま一押しの曲をずっとリピートしながら只管市内を徘徊する。
楽しそうに笑顔でミミズを食べそうになる姫を制御しつつ歩くうちに、怒りが霧散していった。
言い方は悪いが、
「たかがサッカーの試合ごときで、いつまでも怒りの怨毒を溜めてもいいことないじゃん。嫌なら一度離れたらいいし、それでも彼らを応援したいならしたらいい」
という気持ちになった。

好きになってしまったものは仕方がない。
辛くなったら離れてもいい。
誰もそれを責めたりしない。
失望しても怒りをぶちまけても、たまのご褒美の勝利でそんなこと全部チャラになるのだから。

というわけで遠征する来週末の京都は、荒んで乾ききった心にたっぷりと潤いを与えてほしい。
どういう意味かって?
分かっているはずだ。つまり勝て。そういうことだ。




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