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「子どもを産むと太るのよ」
テレビを見ながら彼女は言った。
「この女優は歳を取ってもきれいだけど、産んでない。産んでないからきれいなの。わたしも産むまでは太らなかった。そういう犠牲を払ってでも生命を生み出すの、だから、女はえらいのよ」
そう言われたわたしは15歳で、産んでいなかった。いずれ産むことを期待されていると思った。産んで太ることを期待されていると思った。
「何ヶ月だよって感じなんだけどww」
飲み会の後でその子は言った。
サシ飲みだったからよかったけど、その言葉、妊活で悩んでいるあの子の前では言えない冗談だよなあ、と、わたしは思った。わたしたちはもう、15歳ではない。
その子は産んでなくて、わたしも産んでなくて、産もうとすらしていなくて30代になった。ぽむっとしたお腹を撫でて、ビールは最高だった。
「昔さ、『子どもを産むと太るのよ』って言われたことがあるんだけど。産んでなくても太るよねえ?」
ビールを最初の一杯だけで我慢し、あとは低糖質のウーロンハイを飲んだ。ウーロンとハイには悪いけど、本当は、もうちょっとビールを飲みたかった。15歳の頃カリカリに痩せていたわたしの体は、20歳の頃お金がなくてアバラ骨が浮いていたわたしの体は、30代になって、BMI21。つまり、まったくの健康体重に進化していた。
「太る、って、人の名前の漢字にも使うくらい、実はいい言葉だよ。『たくわえる』とか『豊かになる』って意味でわたしは『太る』と言うね」
「でもさ」
「うん」
「女の名前には使わないじゃん、その『太る』って字」
「ああ〜」
わたしは自分の名前に「太」という字がついているところを想像した。真っ先に浮かんできたのが「コウメ太夫」だった。「チックショー!」って叫ぶ、芸者さん風のお笑い芸人。そうじゃん。「太夫」ってもともと、めっちゃ売れっ子の芸者さんに付けられる称号だったはずじゃん。
チックショー!!!!!!!
カロリー表示を見てしまう。毎朝体重計に乗り、スマートウォッチで消費カロリーを見る。「筋トレがサラリーマンに人気 組織の中で先が見えても、筋肉だけは裏切らない」。そんな記事をスマホで眺める。プランクで腹筋を鍛える。
カスピ海ヨーグルトで痩せるかな。炭酸水飲めば食べる量減るかな。でもまだちょっと食べたいな。ポテチ食べたい。ダメダメ。煎り大豆と煮干しにしよう。うーん。でもポテチ食べたいよう。食べたいっ。食べたいっ。食べたいよう。食べたら動きたくないよう。こんなに働いたんだもん。やだやだやだよう。ちがうよう。
「産んでなくても、ずるくないっ!」
……それは、15歳だったわたしが、「太ることと引き換えにしてでも生命を生み出すのだから女はえらい」と言った、「あの女優がきれいなのは産んでないからだ」と言った、あの人に、本当は言い返したかった言葉なのかもしれなかった。でもあの時のわたしは15歳で、産んでなくて、何にも言う権利がないと思っていた。
15歳をもう一周やれるくらい歳を重ねて、今でも産んでなくて、産んでない同士(だからと言うわけでもないけど)女ともだちとしてお酒を飲んで、なんか、もう、なんか、「産んでなくても、ずるくないっ!」って言葉が、やっと出てきた。「何ヶ月だよ」とか言って笑ったあの子を前に、「産んでなくたって太るよねえ」と笑ったわたしを前に、なんか、なんか、もう、そこをもうこれ以上気にしなくていいんじゃん、と言ってあげたくなった。
でも……
「子どもを産むと太るのよ」
テレビを見ながら言った彼女に、なんと言ったらよかったんだろう?
「産んだ女」と「産んでない女」をへだてる、昔のテレビ画面みたいな冷たいガラス状のそれが冷たくて、わたしは、筋トレをする。ずるくないわたしになりたい。産んでなくても頑張ってるわたしになりたい。ポテチ食べたい。「産んだ女」側に行ってしまったように見える女友達のみんなとも、友達でい続けたい。
「犠牲を払ってでも生命を生み出すの、だから、女はえらいのよ」
何にもしなくたって生命はそこにあるだけでえらいもん。すごいもん。尊いもん。ねえ、一緒にポテチ食べよう。ポテチたちはみんなかつて、ジャガイモという生命だった。その生命を食べてお腹に蓄えてわたしたちは冬を越す。生命をながらえる。15歳のあのときから、「昔のテレビ画面みたいな冷たいガラス状のそれ」がずっとひんやりしている。15年以上ひんやりしている。
いつかわたしたち、両側から温めて溶かせるだろうか?
それともこんなひんやりは、ほんとは、わたしのまぼろしだろうか?
「SNS原稿用紙で綴る一枚記」は、SNS投稿に最適化された原稿用紙を使ってお送りする短い読み物です。コンセプトは「画面越しにも、手書きのぬくもり」。SNS原稿用紙について、詳しくはこちらです。
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