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阪神淡路大震災・被災から29年 防災を志した原点と語り継ぐことの重要性 

今から29年前、私は神戸市東灘区の自宅で被災しました。29年前のきょう・ 1月17日、6400名以上が亡くなった、阪神淡路大震災が発生しました。

 被災したとは言っても、幸いにも大きな被害がなく、さらにはまだ小学1年生だったからか「トイレをバケツで流さなければならないので大変だった」くらいしか記憶に残っていませんでした。私の両親は悲惨な状況を見せまいと、外に連れ出さないようにしていたそうです。その後神戸を離れたこともあり、私はその日のことをすっかり忘れていました。

 それから15年が経った2010年1月、「神戸新聞の七日間」というドラマを見ました。辛い思い出や記憶なんてほとんどなかったはずなのに、自分の周りで実はたくさんの悲劇が起こっていたことを知り、涙が止まりませんでした。

 ドラマでは、災害報道をする新聞社の人たちの葛藤が描かれています。ドラマの中の「記録しなければならない。5年,10年すれば、みんな忘れてしまう」という言葉が印象に残っています。

 災害報道は忘れさせないだけでなく、記憶が定かでない子供世代の「記憶を定着させる」重要な役割を果たしています。例えばアルバムをめくり、その度に親から色々な話を聞く。そのような反芻作業を通じて、子供の記憶は定着していくように感じます。美しい話として繰り返されれば美化されますし、怖い話として聞かされれば恐怖の対象としてインプットされるように思います。

 私の場合は何も聞かされなかったので記憶が曖昧になっていたのですが、そのドラマによって阪神淡路大震災は「語り継がなければならないもの」となり、防災の道を志すきっかけにもなりました。 

 地震に限らず災害直後の街は、危険と混乱で溢れかえっています。子供を外には連れ出さず、現実に触れさせないことは、大人として当然の行動です。しかし月日が経ち子供がある程度の年齢になった時、自分達に起こったことを伝えることも、残された大人の責務なのではないでしょうか。身近な人の言葉が、一番響くのです。

気象予報士・防災士 千種ゆり子

※本原稿は、018/1/19 毎日新聞お天気みちくさ 掲載分を日付のみ改訂したものです。(毎日新聞許可済み)

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