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窪さん、オーストラリアに入国拒否されるの巻【中】

前回の「窪さん、オーストラリアに入国拒否されるの巻【上】をまだ読んでいないという方は先ずこちらから。

1. 用件は明確に

タイのバンコクでお色気ムンムンのフレンチガイと出会った私は、タイでの事務所契約とワーキングビザが切れる為一旦日本へと帰国し、彼も一通りタイでの仕事を終えた後、現在メインのお家があるというスペインへと帰って行った。

互いにもう会う事はなく、そのまま何事も無かったかのように私の記憶から美しく消えていなくなる存在だろうという私の予想に大きく反し、彼はそれからというもの、毎日欠かす事なく私に頻りにメッセージを送ってくるのであった。


“おはよう(バラ)”

“元気にしてるかな、ベイビー?(ハート)”

“君がいなくてさみしいよ。君もかな?(ハート)”

“今日は何しているの?(チューリップ)"

“いい一日にしてね(動くハート)”


………。


はいはいはい。

これは“スパム”という認識で間違いないでしょうか。

この何とも身勝手な酷いメッセージの撒き散らし様に加え、たかがバレンタインデーに靴一足を自ら望んで貢いだくらいで、いけしゃあしゃあとこの私を“ベイビー”と呼び始めるこの図々しさは、遺伝か才能か、はたまた個性か。

本来メッセージに付属していたら嬉しいはずの愛溢れる花やハートの絵文字すらも、二人の関係性次第ではただの脅威と化すことを今ここで証明した瞬間だった。

かなり親密な間柄を除き、用件がはっきりとしない連絡を一日中だらだらと取り続けることに意味と価値を見出せない私は、放っておくと永遠とつらつら送られてくるこのスパムメッセージに対し、一切既読を付けず素早くスワイプしてはミュートに設定。

そして、1日の終わりにこの溜まりに溜まった全てのスパムメッセージの内容を独自で総括し、返事の内容を1通に纏めて寝る前に返信するという投球数が極端に偏った辛辣なドッヂボールが何日も続いた。

するとある日、彼は急に不機嫌そうに私にこうメッセージを送ってきたのである。


「君は、僕にメッセージを返信するのに1日にたった5秒さえないのか?」



………。


ねぇよ。

断じてねぇよ。

「元気?」「さみしいよ。」「今日は何してるの?」という、彼氏でもない男からのスパムメッセージに対し、逐一応えているほど私は暇ではない。

そして、そういった“必殺・スパム戦法”を巧みに利用し、相手の日常を間接的に把握したいという野卑な欲望を隠し持った浅ましい人間に、この私の大変貴重な「時間」という有限な資源を分け与えるなんて言語道断なのである。

「私が忙しいのも本当だけど、そもそも私は1日に何回も沢山メッセージのやり取りをするタイプの人間ではないんだよね。」

「一日の中でのメッセージの回数が少ないことと、相手のことを考えていないということは必ずしも結びつくものではないよ。」

と私が返すと、彼は眉毛が八の字になっているしょぼんとした顔の絵文字を1つだけ私に送り、自身が今味わっているであろう悲愴感を私に知らしめるかの様に露わにした。

確かに、相手の事が心からどうでも良くて返信を返さないというパターンもあるが、一方では相手を思うからこそ不必要な連絡で無駄に相手の時間を奪いたくないという思考パターンもこの世には存在するという事を、私は少しでも彼に知って欲しかった。


そしてその翌朝、この女々しさ全開のスパム男はこの件をきっかけに素直にメッセージを減らしたのである。

と言いたいところだが、フランス産スパム男はそんじょそこらの男とは一味も二味も違うのだ。

常に私たちの想像の右斜め上をいく彼は、これを機にメッセージを控えるのかと思いきや、「メッセージがダメなら…。」と言わんばかりに、それ以降何故かテキストではなくボイスメッセージを送信してきたのである。



そういう事じゃねぇぇえよっ!!

私はこうして、ハート舞い散るスパムメッセージ5通セットより、むしろ歪んだラブを凝縮したボイスメッセージ1通の方が遥かに攻撃力が強いという事を人生で初めて学んだ。

2. ファーストクラスで公開処刑

そんなやり取りをしながら月日が経ち、ある日彼から「オーストラリアへ行かないか?」とバカンスの誘いを受けた。

タイから帰国し、次のシンガポールの仕事の契約を一旦保留して丁度スケジュールに空きのあった私は、かれこれ10年以上訪れていないオーストラリアに久しぶりに行ってみるのも悪くないかと血迷い、その誘いを了承した。

私の仕事のスケジュールが曖昧だった為、一旦私が自分の仕事のスケジュールに最適なフライトチケットを自腹で購入するものの、勿論現地で合流後に彼がフライト費用を私にキャッシュバックするという、“バカンス費用全額負担”という女々しさ満点スパム男に相応しい絶対条件付きだということは言うまでもない。


私は、せっかく久しぶりにオーストラリアへ行くなら2週間ほど滞在していたかったが、オーストラリアの出発予定日から約1週間後というほぼ同じようなタイミングで、中東での仕事が決まるかもしれないという非常に中途半端な状況にあった。

もしその仕事が決まった場合、日本へ一時帰国するスケジュールの余裕など一切無く、結局私は片道チケットでオーストラリアへ入国し、約1週間の現地滞在中に日本へ帰国、もしくは中東行きのチケットのどちらかを購入しオーストラリアを出国するというスケジュールしか選択肢は無かった。

日本人の場合、オーストラリアへの渡航には観光目的の短期滞在であれ、“ETAS”という観光ビザを取得する必要がある為、私は急いでETASビザ取得の代行サービスを通じて電子ビザを取得し、ビザ取得の確認が取れ次第すぐに片道の航空券を購入。無事に渡航準備を終えた私は、懐かしのオーストラリア旅行に心を躍らせながら空港へと向かった。


赤いカンガルーのマークが如何にもオーストラリアらしい空港のチェックインカウンターに到着すると、私は大きなスノーボードケースを担いだ人達の後に列を成し、あっという間に私の順番が来た。

スタッフに「オーストラリア渡航にあたり、ビザの取得は終えていますか?」と聞かれ、私は携帯でビザ取得代行サービスから届いたメールを見せ、サクッとチェックインを済ませてゆっくりコーヒーでも飲もうかと考えていたその時、急にスタッフは眉間に皺を寄せ私にこう言ったのである。


「お客様…。」

「大変申し訳ありませんが、こちらで只今確認しましたところ、お客様のETASが取得されていない状態となっており、航空券を発行することができません。」



………。


はいっ?

もう一度自分の携帯を凝視し、ビザ取得の代行会社からのメールをよく確認してみたが、確かにビザは取得完了しているとの内容だった。

私は、「ビザの取得が確認出来たから航空券を購入したのに、そもそもビザが取得出来ていないなんて、そんな馬鹿げた話があるか。」と、スタッフにもう一度メールを見せ、彼らとビザ取得までの流れや往復チケットではなく片道チケットを購入した経緯などを入念に話し、必死に自分の状況を丁寧に説明した。

そして彼らは、「至急、このトラブルの原因を追求致します。」と言ってわたわたと動き出し、どうした事かあの誰しもが憧れるファーストクラスのチェックインカウンターの目の前に、何とも見窄らしい古びたパイプ椅子を歪な音を立てながら開いて置き、私にこう告げたのである。


「お調べするのに40,50分程度頂く事になると思われますので、申し訳ありませんがこちらでお待ちください。」



………。


おい!!

ちょっと待てぇぇぇぇぇええええいっっ!!!

皆さんにも、是非この状況を想像してほしい。

此処は心底ラグジュアリーなファーストクラスのチェックインカウンターで、事もあろうに華々しくレッドカーペットが敷いてあり、この通路はまさに貴族専用。

本来この区域に置かれるべきは、貴族による貴族の為のカッシーナのソファであるべきなのにも関わらず、何故か庶民と言う名に相応しい貧相なパイプ椅子がポツンと中央に置かれ、彼らは私にここで一人取得できるか分からないビザを小一時間も座って待ていろというのである。

しかも、万が一ここで無駄に1時間以上ロスタイムをしてしまった暁には、搭乗予定のフライトには間に合うかどうかすら実に怪しい。

こんな非常事態になるとは誰も想像できる訳もなく、シドニーまでの約10時間のエコノミーフライトを乗り越えるための本日の私の身なりは、おすぎとピーコも驚くほどの“快適さ”のみを限りなく追求したTHE 貧民スタイル。

みっ……。

見られている…。

私は今、庶民達に見られているぅぅうう!!

そう、さっきまで私の存在があったエコノミークラスの行列に並ぶ人間たちが皆、今確実にファーストクラスという上流階級に手違いで混入したと思われる完全なる貧民ルックの溝鼠の様なこの私を、非常に哀れな目でじっと見ているのである。実に不本意、何たる屈辱。

私は、このとんでもない辱めの刑に処されながらじっと身を潜めるように次の動き待っていると、一人のスタッフが私の前に来てそっと静かに跪き、何やら私の耳元でわざわざ小声でこう囁くのであった。


「お客様。(小声)」

「以前オーストラリアへ渡航された際、何か現地で犯罪歴などは御座いますでしょうか。(更に小声)」



………。


ある訳ねぇぇぇぇええだろうがぁぁぁあああ!!

侮辱の極みぃぃぃいいい!!!

こんなとんでもなく失礼な質問を、私ごときにわざわざ跪いて何ともご丁寧にコソコソ聞いてくるあたりが何だか余計にイラつくのである。

過去に例のない至高の辱めという公開処刑をされた上に、何の確証もなくオーストラリアから犯罪者疑惑という恐ろしい余罪をかけられた私は、この憤りを必死に抑えて冷静にこう答えた。

「オーストラリアへ渡航したのは、かれこれ10年以上前に1度だけ高校の修学旅行で団体で行っただけなので、そこで何か疑惑をかけられる様なことが起きたとは考えられませんね。」

こんな深刻な場面で答えるにはあまりに可愛らしすぎる私の過去のオーストラリア渡航歴に、スタッフは「そうですか…。」と、私に非が無い事を納得せざる得ない様子で顔を俯けた。

そしてスタッフは、この冤罪を認めるかの如く私にこう告げて颯爽とカウンターに戻って行った。


「もう一度急いで原因を追求致しますので、長らくお待たせして大変申し訳ありません。」

「吉報をお待ちください!」


「たかが観光ビザ一つで吉報ってなんやねん。」と思いながらも、どうやら私のETASビザ申請は確実に通っていたのだが、何故かオーストラリア側が何らかの理由でわざと保留しているという謎の事態が起きているという事が後に判明した。


そして、そこから再び待たされること約15分。

スタッフ達が何やらバタバタと動き始め、その中の一人が折りたたみ式のガラケーで誰かと話しながら私の元へやって来てこう言った。


「オーストラリア大使館側が、お客様と直接お話ししたいということなのですが、代わって頂いてもいいですか?」



………。


話すしかないでしょう!!(キリッ!)

私はこの長時間に及ぶ辱めの刑に対して無駄に強靭な忍耐を見せつけ、レッドカーペットに置かれたおんぼろのパイプ椅子をギシっと軋ませながらゆっくりと立ち上がった。

そして、「私が、直接お話しましょう。」と、貧民のみてくれながらも眉毛をいつになくキリッとさせ、逞しい顔つきで覚悟を決めて電話を手に取ったのである。

いざ、オーストリアと決戦のとき。



窪 ゆりか

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